何年過ぎても、君とはもう逢えない第3話
この話は約2630字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
【ウサギのおまわりさんが、オオカミさんを捕まえちゃうよ~】
添えられていた写真には、美桜がバニーガール風の挑発的なコスチューム姿で、ある男の膝の上に腰かけていた。手は男の下腹部よりさらに下へ伸び、男もまた両腕で彼女を引き寄せていた。
その節くれ立った手は見間違えようがなかった。とくに手首の腕時計は、今朝、瑞希が自分の手でつけてやったものだった。薬指の指輪も、彼女が自らはめたものだ。
さらに下へスクロールすると、もっと際どい写真が出てきた。
二人はベッドに横たわり、上半身裸の浩一の胸元に、美桜が口づけしていた。
写真だけではなかった。十五秒の動画まであった。
映像は天井を向いていて、人の姿は映っていない。けれど、声には聞き覚えがありすぎた。
「ねえ、ダーリン、私のこと好き?」
「最後まで入ってるのに、好きかどうかなんて聞くのか?ん?」
「やだぁ、どうしてそんな言い方するの」
「お前がそんなにいやらしいからだろ」
甘えた吐息と戯れる声がスマホ越しに耳に流れ込み、瑞希は一瞬、目の前がくらんだ。胸が苦しくて、息すらできなくなりそうだった。
そのとき、朔夜が検査結果を持って彼女のもとへ歩いてきた。
「瑞希さん、結果が出ました」
瑞希はすぐにスマホを閉じ、顔を上げて彼を見た。
「医者によれば、とくに問題はないそうです。薬を出してもらえば、そのままお帰りいただけます」
「そう」瑞希はわずかに顎を上げ、涙がこぼれないよう必死にこらえた。
病院から家へ戻るころには、もう空は暗くなり始めていた。
家に着くなり、浩一から電話がかかってきた。夕食は家では食べないから、適当に何か食べておいてくれ、という。
浩一は潔癖気味で、家の中に他人を入れるのを好まなかった。そのせいで、二人が別に住むようになってからは、住み込みの家政婦は雇っていなかった。
引っ越したばかりのころ、瑞希は家政婦がいない生活に慣れず、自分でも料理ができなかった。すると浩一は毎日のように午後の早いうちに仕事を切り上げて帰り、彼女のために食事を作ってくれた。
あのとき彼女は、笑いながらこう言ったものだ。
「うちの大社長、何百億の案件を断って帰ってきて私にごはん作るなんて、損にならないの?」
すると彼はこう答えた。
「妻のために料理するくらいで、損するわけないだろ。奥さんを粗末にする男には福なんて回ってこないし、ちゃんと大事にする男のところにこそ運は巡ってくるんだ。お前を大切にするからこそ、阿部グループはもっと伸びる。だいたい、何百億だろうが、何千億、何兆だろうが、お前が喜んでくれるなら、それだけで十分価値があるんだよ」
けれど今の彼は、けがをした彼女を置き去りにして、ほかの女のところへ行く。
その女はすぐにまたSNSを更新した。オープンしたばかりの高級レストランで食事をしている写真に、こう添えて。
【本当に愛してくれる人って、お腹空かせるのが心配で、ぜーんぶ満たしてくれるのよね~】
その店は、以前瑞希が開店したら行ってみたいと言っていながら、結局まだ一度も行けていなかったレストランだった。
朔夜は瑞希のために食事を手配し、届けに来たとき、機嫌を取るようにこう言った。
「瑞希さん、社長が瑞希さんのお好きなお料理を頼んでおけとおっしゃっていました。社長はまだお客様の対応中で、戻られるのはおそらく八時ごろかと」
「そこに置いておいて」
秘書が帰ると、瑞希は料理を全部捨てた。一口も食べなかった。
浩一が帰宅したのは夜の十時だった。そのとき瑞希はちょうど身支度を終えてベッドに入り、眠る準備をしていた。
嗅ぎ慣れた匂いが鼻先をかすめるのと同時に、浩一の大きな手がそっと彼女の腰を抱いた。その瞬間、瑞希の体はかすかに震え、胃の奥から強烈な吐き気がせり上がってきた。
「ただいま」
瑞希は体を強張らせたまま動かず、眠ったふりをした。
けれど、もうすぐ二十年も一緒にいた男だ。彼女のことを見抜けないはずがなかった。
「瑞希、起きてるのはわかってる。怒ってるんだろ?
ごめん。病院にお前を一人置いていったのも悪かったし、帰ってきてごはんを作ってやれなかったのも悪かった。今回だけ許してくれないか?ここ数日は家でずっとお前と一緒にいるよ。新しく作ったリゾートももう完成したし、営業が始まる前に、お前を連れて遊びに行こう。どうだ?」
浩一は、数日家で瑞希に付き添うと言った。けれど結局、それは守られなかった。
もっとも、瑞希は最初から期待などしていなかった。
家で静養していたこの数日のあいだに、彼女は自分の持ち物をひととおり整理した。さほど値打ちのないものはすべて処分し、高価なバッグやアクセサリー、服は一部を友人に譲り、残りはすべて慈善団体に寄付した。
預金までも、ひそかにまとめて寄付してしまった。
最近の彼女は少しずついろいろなことを忘れ始めていた。自分の服やアクセサリーを見つめても、それがどうして手元にあるのかわからないことが、しばしばあった。
そうして、あっという間に一週間が過ぎた。瑞希の手と脚の擦り傷はすっかり治っていた。
浩一が新しくオープンするリゾートへ連れて行くと言ったとき、彼女は断らなかった。
二人きりだと思っていたのに、着いてみると、浩一は彼女を喜ばせようと大勢の人を呼んでいた。
その多くは彼女と同じ業界の友人で、中には名の知れた映画監督までいた。
彼女はもう長いこと撮影の仕事をしていない。昔なら、きっと嬉しかったはずだ。
けれど今の彼女は、もうすぐ身分を変える身だった。そんなことを気にする理由などなかった。
それでも瑞希は、最後まで浩一に付き合って一芝居打った。終始上品にふるまい、楽しそうにしてみせた。
「やっぱり浩一さんは彼女思いだなあ。わざわざリゾートまで作って、彼女を喜ばせるためなんて」
「ほんと、阿部社長って甘やかしすぎでしょ!」
「社長と藤ヶ谷さん、もうすぐ結婚なんですよね。あの二人の愛を見て、羨ましくない人なんている?」
瑞希の業界仲間の友人たちまで寄ってきて、こんな大物に大切にされて、本当に幸せだと言った。
美桜さえ現れなければ、今日の瑞希は本当に少しは楽しかったかもしれない。
ずっと、友人たちに別れを告げる機会がほしかったのだ。
けれど、皆でレストランへ向かおうとしていたそのとき、美桜がやって来た。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
淡い紫のドレスを身にまとった美桜がホールの入り口に姿を現した瞬間、そこにいた全員の視線が彼女へ吸い寄せられた。
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