ブサイクの仮面、真実の顔と届かぬ愛第2話
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黒川都和(くろかわ とわ)。黒川家の令嬢であり、駿平の初恋の相手だった。家柄も釣り合い、才色兼備。社交界では公認の「お似合いのふたり」として知られていた。
3年前、ふたりは結婚を控えていたが、婚前健診で都和が子供を望めない体だと判明した。早乙女家ほどの名家にとって、跡継ぎは何より重い問題だ。当然、一族からは猛反対を受けた。
それでも駿平は都和を強く想い、結婚の意思を貫こうとした。すると早乙女家は、黒川家の事業に徹底的な圧力をかけ始めた。やがて黒川家は圧力に耐えきれず、都和は涙ながらに駿平に別れを告げた。
別れてから、駿平は次々と見合いを重ねたが、誰にも心を動かされなかった。
そして出会ったのが、夏生。周囲の誰もが認める「不美人」だった。
そこまで読んで、すべてが繋がった。
駿平が自分を妻にしたのは、何か特別な理由があったからではない。ましてや、内面を見初められたわけでもない。
ただ、見合い相手の中で一番見栄えが悪く、人前に出しにくく、早乙女家に恥をかかせることができ、両親を怒らせ、屈服させるのに最も都合のいい道具だったからだ。
わざと不細工な女を妻に迎えることで一族に反旗を翻し、彼らを屈服させ、都和を迎え入れる道を作るためだった。
夏生はスマホの画面に映る文字を見つめ、ふと笑った。
笑っているうちに、涙がこぼれ落ちた。
苦しみが巨大な網となって夏生に絡みつき、締め付けた。息の根を止められそうなほどに。
母は「綺麗すぎると騙される」と言った。けれど自分はわざと醜く装っていたのに、それでも騙された。もっと徹底的に、もっと滑稽に、もっと惨めに!
この3年、幸せだと思い込んでいたものは、すべて周到に仕組まれた芝居に過ぎなかった。
自分はただ、駿平が一族に見せつけるための道具。
都和への想いを貫くための、駒でしかなかった。
光を見つけたと思っていたのに。その光は、他の誰かに向けられたものが、鏡越しに反射していただけだったのだ。
夏生は部屋にひとり座り込み、長いこと泣いた。
やがて涙を拭うと、スマホを手に取り、一美に電話をかけた。
声は、驚くほど静かだった。
「……駿平と、離婚します」
電話の向こうが、数秒黙り込んだ。
「な、なんですって!?」一美は信じられないといった様子で声を上げた。「あんた、自分のその顔で自分から離婚するって言うの?駿平と結婚したい女がどれだけいるか、分かってるの?」
「私がどう見えるかは、あなたには関係ありません」夏生は静かに答えた。「私は離婚します。早乙女家が納得しないなら、弁護士を通して進めます。そこまで大ごとになれば、お互い困るでしょう」
一美は電話の向こうで苛立った声を上げていたが、その声の裏に、隠しきれない安堵と、離婚を急かすような気配があるのを夏生は聞き取っていた。
そうだろう。一美は前々からこの「ブサイクな嫁」を疎ましく思っていたのだ。一刻も早く追い出して、もっとふさわしい令嬢のために席を空けさせたいと。
一美の中では、都和でさえ駿平には不釣り合いなのに、夏生など論外だったのだから。
「いいわ!」一美は最後にそう言い切った。「離婚の件は、私が話をつけてあげる。数日待ちなさい」
電話を切ると、夏生は深く息を吸い込み、そのまま退院の手続きを済ませて家に帰った。
家に着いて真っ先にしたのは、物を処分することだった。
駿平がこれまでに贈ってくれたネックレス、ブレスレット、指輪、バッグ。すべて引っ張り出し、ゴミ箱に放り込んだ。
まるで、この3年間の愚かさを捨て去るように。
数日後、駿平が帰ってきた。
背中の火傷はまだ完全には癒えておらず、動きはどこかぎこちなかったが、それでも仕立てのいいスーツを纏い、姿勢はまっすぐで、涼やかな顔立ちは相変わらずだった。
「どうしてこんなところにぼーっとしてるんだ?」
駿平はいつもの穏やかな口調で尋ねた。
「使用人から、この数日ろくに食事も摂っていないと聞いたが」
夏生は顔を上げ、駿平を見つめた。
以前なら、この顔を見るたびに胸が高鳴り、頬が熱くなった。
けれど今は、ただ他人のように冷たく、遠く感じるだけだった。
駿平はその変化に気づいていない様子だった。いや、そもそも駿平は、これまで一度も夏生の眼差しをきちんと見たことがなかったのかもしれない。
駿平はふと壁のカレンダーに目をやると、自然な仕草で夏生の手を取った。
「俺が戻ってこなかったせいで、機嫌が悪いのか?今日は君の誕生日だろう。市内で一番いいホテルに、誕生日パーティーの会場を用意させた。まだ時間があるから、先にドレスを買いに行こうか」
以前の夏生なら、自分の誕生日を覚えていてパーティーまで用意してくれたと知れば、舞い上がるほど喜んでいただろう。だが今は、心の中に広がるのは乾いた冷笑だけだった。
それでも、夏生はその気持ちを表には出さなかった。
「いいわ」夏生は小さく答えた。
駿平は車で夏生を高級ドレスショップへ連れて行った。
店に入ってすぐ、駿平のスマホが鳴った。
「先に選んでてくれ。電話に出てくる」
そう言って、駿平は少し離れた場所へ移動した。
夏生は気にも留めず、2階へ上がってドレスを選び始めた。
シンプルで上品な、シャンパンゴールドのロングドレスに目を留めた。
「これを、包んでください」
店員にそう告げた。
「そのドレス、私がいただくわ」
背後から、柔らかな女の声がふいに響いた。
夏生が振り返り、声の主を目にした瞬間、一気に血の気が引いた。
都和。
写真の中でしか見たことのなかった、華やかで自信に満ちた、駿平に寄り添うあの顔が、今、目の前に立っていた。
アイボリーのセットアップに、緩く巻かれた長い髪。丁寧に整えられたメイク。生まれ持った優越感を宿した瞳が、夏生の手にあるシャンパンゴールドのドレスを、品定めするように見つめていた。
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