ブサイクの仮面、真実の顔と届かぬ愛第3話
この話は約2373字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「ごめんなさい」
都和が歩み寄ってきた。声は柔らかいのに、口調には少しも遠慮がなかった。
「そのドレス、私も気に入ってしまって。先に見つけたのはあなたみたいだけど」
都和は夏生の分厚い前髪と黒縁眼鏡をさっと上から下まで眺めると、口角をわずかに持ち上げた。
「私のほうが、似合う気がするの。ねえ、譲ってくれないかしら?」
夏生は手にしたドレスを握りしめた。柔らかな生地のはずなのに、今は棘のように手のひらに食い込んだ。
「譲りません」
夏生は店員に向き直った。
「お会計をお願いします」
都和の笑みがわずかに翳り、ドレスのもう一方の端をぐいと掴んだ。
「本当に気に入ってるの。あなた、そんな見た目じゃ、何を着ても大差ないでしょう?いっそ私に譲ってくれない?」
ふたりは互いに引かず、無言のまま火花の散るような空気が漂った。
「どうした?」
階段の方から、駿平の低い声が響いた。電話を終えて上がってきたところでこの光景を目にし、わずかに眉をひそめた。
都和は駿平の姿を見るなり目を輝かせたが、ドレスを掴んだ手はそのままだった。
「駿平?あなたもここに?」
都和の視線が夏生と駿平の間を行き来し、やがて何かに気づいたような表情を浮かべた。
「もしかして、この方が奥さん?まあ、知っていたら、無理に取り合ったりしなかったのに。このドレス、奥さんにお譲りするわ」
そう言って手を離す。まるで、さっきまでの意地の張り合いが冗談だったかのように。
けれど次の瞬間、駿平は夏生の手からそのシャンパンゴールドのドレスを取り上げ、都和へと差し出した。
「いや、いい」
駿平は都和を見つめ、さっきよりも柔らかい声で言った。
「これは君に似合う。試着してくるといい」
都和の瞳の奥に、かすかな勝ち誇った色がよぎった。都和はドレスを受け取ると、夏生に向かって軽く微笑み、試着室へと消えていった。
夏生の手は宙で止まったままだった。指先には、まだ布を奪われた感触が残っている。
夏生はゆっくりと手を下ろし、拳を握った。爪が手のひらに食い込む鈍い痛み程度では、胸の奥を鈍い刃で抉られるような痛みを誤魔化すことはできなかった。
駿平がようやく夏生に向き直った。まるで、取るに足らない用事を片付けたばかりというような顔で。
「夏生、さっきの人は黒川都和だ。俺の……知り合いだ。少し思ったことをはっきり言うだけで、悪気はない。ドレスくらい、他のを選べばいい」
夏生は顔を上げ、分厚いレンズの向こうから駿平を見た。
「本音を言えばいいじゃない。彼女の方が似合うって思ったのは、結局、私のこの顔じゃ、あのドレスにも、美しいものすべてに釣り合わないと思っているからじゃないの?」
駿平は明らかに一瞬、言葉に詰まった。
夏生がこんな形で切り返してくるとは、まして、暗黙のうちに保たれていた体裁をこうもはっきりと暴くとは、想像していなかったのだろう。
「……いや、そういう意味じゃない」
駿平はすぐに表情を立て直したが、声にはわずかな困惑が滲んでいた。
「俺が君を釣り合わないと思っていたなら、そもそもどうして君と結婚した?」
どうして結婚したのか。
その一言は、毒を塗った刃のように夏生の胸に突き刺さり、目の前が暗くなるほどの痛みを走らせた。
そう、どうしてなのか。
答えはわかっている。私がちょうどいい程度に不美人で、最も都合のいい道具で、早乙女家を完璧に怒らせ、屈服させるための駒だったからだ。
物心ついた頃から、容姿を隠してきたせいで、夏生は数え切れないほどの嘲りを浴びてきた。
同級生の陰口、見合い相手の暴言、父のため息。その言葉の一つひとつが針のように刺さり、長い間刺され続けるうちに、感覚さえ麻痺していたはずだった。
けれど駿平は違った。
この3年、駿平が見せてきた穏やかな慰めや、さりげない気遣い、命を懸けて助けてくれたあの瞬間の情の深さは、まるでぬるま湯のように、少しずつ凍りついた夏生の心を溶かし、抱いてはいけない期待と依存を芽生えさせた。
そして今、その手で。最も静かに、最もさりげない仕草で、その偽りの温もりを粉々に打ち砕いていく。
あからさまな悪意よりも、これはよほど残酷だった。
夏生は喉元にせり上がる嗚咽と渦巻く痛みを必死に押し殺し、何も言わずに背を向けると、別のラックに歩み寄り、無造作に1着の黒いシンプルなロングドレスを手に取った。
そのとき、試着室のカーテンが開いた。
都和が出てきた。
シャンパンゴールドのドレスは都和の体のラインを完璧に描き出し、雪のように白い肌をいっそう際立たせ、輝くばかりの華やかさだった。くるりと1回転すると、裾が優雅な弧を描いて広がった。
「本当にお似合いです!」
店員たちが口々に感嘆の声を上げた。
「まるで、黒川様のために誂えたようなドレスですね!」
駿平の視線も、都和に注がれていた。
その瞳の奥には、都和の姿がはっきりと映り込んでいる。いつも冷ややかなその瞳の底に、今まさに、夏生がずっと探し求めていながら、1度も自分には向けられたことのない、かすかな愛おしさがよぎった。
一瞬だったが、夏生はそれを見逃さなかった。
心臓を、見えない手にきつく握り潰されたような痛みが走り、息が詰まった。
「駿平、似合うかしら?」
都和が微笑みながら尋ねた。視線は、それとなく傍らの夏生をかすめていく。
「ああ、よく似合ってる」駿平は頷き、はっきりとそう答えた。
都和の笑みが、さらに華やかになった。
彼女は駿平のそばに寄り、耳にかかった髪をごく自然な仕草で払った。
「そういえば、今夜は奥さんの誕生日パーティーなんですって?グランドハイアットで?」
「ああ」駿平が頷く。
「ちょうど今夜、時間が空いているの」
都和が夏生に視線を向けた。品よく微笑みながら。
「私もお祝いに行っていいかしら?」
夏生が口を開くより早く、駿平が答えた。「もちろん構わない。ぜひ来てくれ」
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