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ようやく大切なものに気づいたってもう遅い第2話

この話は約1860字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

毎週水曜日の10時半は晃の「スケジュール表」で定められた、ただ肉体関係を持つための時間だ。

週に一回、一回につき30分。

だから彼はわざわざタイマーを設定している。

今まで一度も設定時間から遅れたこともなく、超えたこともない。

行為が終わると、冷たい水でシャワーを浴びるのは耐えられても、私には髪一本触れようとしない。

「あと5分だ、急ぐぞ」

晃は浴室から出てすぐに時間を確認した。

そして私が同じ場所に座って動こうとしないのを見て、彼の表情が冷たくなった。

「おい、葵、また不機嫌そうにして、なんなんだよ?」

別にそういうわけではない。これ以上彼と言い合うようなこともしたくない。

「晃、私たち別れ……」

私が言い終わるまえに、彼のスマホが急に鳴り響いた。

彼は私をちらりと見ただけで、声を抑えて話していた。

「分かった。大丈夫だから、すぐにそっちに行くよ」

彼は焦った様子で服を着替え、吐き捨てるように一言残して出かけていった。

「借金取りが杏南ちゃんの家に来て、ずっとドアを叩いているらしい。心配だから見に行ってくる」

そして玄関が閉じる音とタイマー音が同時に響き、そのやかましさに頭がガンガンする。

その翌日、会社で杏南の姿を見た瞬間、自分が夢でも見ているのかと疑ってしまった。

同僚が私がわけが分からず呆然としているのを見て、そっと私の手を引いて隅の方へ連れていった。

「あの人新入りよ。稲森社長と7年も付き合ってる彼女らしいの。

あの二人が今朝車から降りてくる姿見てないでしょ?すっごいラブラブで羨ましかった。社長って彼女とあんなに仲が良かったのね。真実の愛を目の前にすれば、倦怠期なんてありっこないのよ」

同僚はひたすら何かしゃべっていたが、私の耳には何も聞こえてこなかった。

卒業したばかりの頃、私と彼は18畳にも満たない借りアパートで一緒に暮らした。

あの頃の彼は私と手を繋いでショッピングをしている時に、知り合いに会っても手は繋いだままだった。

そして相手が私のことを尋ねてくると、彼は繋いだ手をあげて揺らしてみせた。

「俺の彼女だけど、どうかした?」

そして彼は会社の社長になった。

私が前の会社を辞めて彼の会社に来た日、晃は会議中にも関わらずに飛び出し、私を迎えに来ようとした。しかし、エレベーターが開くと、彼は一歩前に進んですぐに足を止めた。

私の後ろにいた秘書と管理職たちがみんな見ていたからだ。

その日の夜、彼は私を抱きしめて言った。

「会社には多くの目があるから、噂が広まると君にとっても良くないよ。だから面倒な事は避けたほうがいい。俺の立場が安定してから、みんなに君が大切な人だって公表するよ」

その言葉を私は信じた。

給湯室で、杏南は多くの社員たちに囲まれていた。

「これってあの雑誌『シャイン』に掲載されてた指輪じゃないですか?オークションで最低価格1500万から競売が始まった『エタニティ』でしょ?」

すると杏南はにやにやしながら、手を突き出してみんなの前で揺らしてみせた。

「贈り物だから、私にはよく分からないのよ」

「それって、まさか稲森社長からの贈り物ですか?」

杏南はその言葉に笑うだけで、肯定も否定もしなかった。

そして視線を多くの社員から私のほうへ移し、得意げに眉を吊り上げてにやりと口角を上げた。

7年経っても、彼女が私を見るその目はひとつも変わらない。

彼女は自分の欲しい物は必ず手に入れないと気が済まないらしい。

晃はみんなの後ろに立っていた。後ろめたさを含んだ、私をなぐさめる時に見せる眼差しをしていた。それに、私に懇願するような目だ。

この7年間、会社で知り合いじゃないふりをする彼が私に向ける時と同じ目だ。

しかし他人の目には、女性社員とすれ違う時に、ただ淡々と礼儀正しい視線を向けているだけにしか映っていない。

私は無意識に自分の指につけた指輪を触った。

これは付き合い始めた時に贈られた、彼手作りの指輪だ。

昔から面倒事は避ける彼が、一日という時間をかけたものだった。

綺麗な曲線に仕上げるために、血豆まで手にできていた。

「葵、もう少し辛抱してくれ、な。昇進したら、必ず堂々と俺の傍にいられるようになるから」

私たちは会社では、ただ上司と部下の、仕事上での付き合いしかしてこなかった。

彼は周りから私との関係をあれこれ指摘されるのが面倒だったのだ。

そんな彼の「例外」になる人間がこの世に現れるとは思わなかった。

そして私は指輪を外した。

みんなの前で、私はそれを近くにあったゴミ箱に捨てた。

シルバーの指輪がゴミ箱の壁に当たり、軽くカタンという音をたてた。

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