ひとりの時間を楽しめるようになった第2話
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家に着いたときには、もう午前1時になっていた。玄関に立つ詩乃の顔は、ひどく青ざめていた。
「夕花、私、2人の邪魔をしちゃった?」
私が口を開く前に、時哉はもう詩乃を支えてリビングへ入っていった。
「今夜はここに泊まれ」
私は時哉を見上げた。
「ここは私たちの家だよ」
「分かってる」
その口調は落ち着いていて、当然のことを言っているようだった。
「まだ熱が下がってない。夜中に1人で帰すのは危ない」
詩乃は目を赤くして私を見た。
「それなら私、ソファで寝るよ。夕花を嫌な気持ちにさせたくないから」
時哉が眉をひそめた。
「熱があるのに、ソファで寝られるわけないだろ」
そう言うと、時哉はまっすぐ寝室へ入っていった。
戻ってきたその手には、私の白いルームワンピースと、私が長く使ってきた薄手のブランケットがあった。
そのブランケットは去年の冬、手足が冷える私のために、時哉がわざわざ買ってくれたものだった。私は夜になると布団を蹴るから、これを抱いて寝れば少し暖かいと言っていた。
今、そのブランケットを時哉は詩乃の腕に載せた。
「今夜だけ、これで我慢してくれ」
私は手を伸ばして止めた。
「それはだめ」
時哉が私を見る。その目には、わずかないら立ちが浮かんでいた。
「詩乃はこんなに熱があるのに、ブランケット1枚くらい貸せないのか?」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、何なんだ?」
時哉は声を抑えた。
「夕花、今夜はもう十分疲れた。これ以上けんかをふっかけないでくれ」
ブランケットを抱えた詩乃の目から、急に涙がこぼれた。
「時哉、夕花を責めないで。夕花がいつも自分の物をとても大切にしてるのは、私も分かってるから」
詩乃が聞き分けよく振る舞うほど、私は譲ろうとしない悪者に見えた。
時哉は数秒黙り、ブランケットを詩乃の腕に押し戻した。
「シャワーを浴びてこい」
詩乃はうなずき、私のそばを通るとき、小さな声で言った。「夕花、ありがとう」
私は答えなかった。
時哉は詩乃のために湯を用意し、救急箱から熱冷ましシートも取り出した。
薬を探しながら、時哉はついでに胃薬を1箱取り出し、ローテーブルに置いた。
「夜、何も食べてないだろ。あとで2錠飲んで、また胃を痛めるなよ」
私はその胃薬を見つめた。
ひどく滑稽だった。時哉は、私が痛い思いをすることをちゃんと知っている。
ただ、私が傷つくことなんて、いつだって詩乃のあと回しだった。
シャワーを終えて出てきた詩乃は、私の白いルームワンピースを着ていた。
「夕花、このワンピ、いい匂い」
詩乃はかすかに笑った。
「使ってる洗剤、今も時哉が好きなあの香りなんだよね?」
詩乃に水を注いでいた時哉は、それを聞いて何気なく言った。「4年も使ってるんだ。もう慣れてる」
私は不意に尋ねた。「どうして詩乃も、少しぬるめのココアが好きだって知ってたの?」
リビングが静まり返った。
詩乃の指先がぴくりと止まった。
時哉がこちらを見た。
「何の話だ?」
「何でもない」
私は胃薬を押し返した。
「記憶力がいいんだなって思っただけ」
私のとげを感じ取ったのか、時哉の表情が険しくなった。
「フェアリーランドでもずっと嫌味ばかり言ってたよな。まだ気が済まないのか?」
詩乃は慌ててコップを置いた。
「けんかしないで。全部私が悪いの。このワンピースを着るべきじゃなかったし、あのココアも飲むべきじゃなかった」
そう言いながら、詩乃はルームワンピースを脱ごうと胸元に手をかけた。
時哉がとっさに詩乃の肩を押さえた。
「熱があるんだ。無理をするな」
それから時哉は私を見た。
「夕花、いったいどうしてほしいんだ?」
その言葉は、もう何度も聞いてきた。遅刻したときも、約束を破ったときも、私を置いて詩乃を迎えにいったときも。
時哉がそう尋ねるたび、悪いのは私だったかのようになった。
私は目を伏せ、かすかな声で言った。
「私たちの周年祝いだって、覚えていてほしかっただけ」
時哉は一瞬、目を見開いた。
はっとローテーブルへ目を向けた。2か月遅れの記念日ケーキはまだそこにあり、箱の縁は私が握り締めたせいでしわになっていた。
長い沈黙のあと、時哉は歩み寄り、私の前にしゃがんだ。
「悪かった」
時哉は私の手を握り、声を和らげた。
「明日は俺たちが入籍する日だろ?一緒に行く。9時30分には必ず着く」
私は時哉を見つめた。
時哉が真剣になだめてくると、私はまた情けなくも信じかけた。
けれどそのとき、ソファにいた詩乃が小さくせきをした。
時哉はすぐに振り返った。
「薬は飲んだか?」
詩乃は首を横に振った。
「苦い」
時哉は立ち上がり、砂糖を取りにキッチンへ向かった。
私の手のひらには、まださっきの時哉のぬくもりが残っていた。
スマートフォンの画面が明るくなり、航空券の予約アプリから通知が届いた。
【ご予約の清浜市行き便は、3日後に出発予定です】
スマートフォンの画面は明るくなり、また暗くなった。清浜市へ行くその航空券は、結局キャンセルしないままにした。
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