どんな生活費の申請も夫の秘書に却下される件第2話
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目の前で書斎の扉が閉まり、2人のひそひそ話も聞こえなくなった。
翌日、寝室を出ると、家にはもう誰もいなかった。
食卓には使い終えた食器と、半分残った目玉焼き、コップに半分残った牛乳が置かれている。
いつものように、私が片づけるのを待っていた。
私は見なかったことにして、重い体を引きずり、自分の荷物をまとめた。
子供部屋の小さな服も哺乳瓶も、申請を何度も青で却下されたあと、必死に節約してそろえたものだ。
それらもまとめて、全部スーツケースに詰め込んだ。
荷造りが終わると、仕事の先輩、藤野千晶(ふじの ちあき)に電話をかけた。
母の教え子で、私が仕事を辞めたときには、長いこと思いとどまるよう説得してくれた人だ。
千晶はすぐに来てくれた。私のお腹とスーツケースを見て、眉間に深いしわを寄せる。
「本当に、ここまでするの?
あのときはディープブルーの企画を怜司に無償で使わせて、ミレーナ市最大の取引先との契約まで取らせてあげたのに。
それでも、怜司と別れられるの?」
私は何も言い返さず、スマホに残っている、この2年間の生活費の申請履歴を見せた。
画面を埋め尽くす青。それは、少しずつ失われていった私の自尊心のようだった。
千晶はそれ以上、何も言わなかった。私の荷物を全部運び出し、帰り際にひと言だけ告げる。
「紗月、目が覚めたなら、いつだって遅くないよ」
お腹が少し張ったので、私はソファに座り、しばらく休んだ。
スマホに通知が届く。会社全体のグループチャットだ。
退職したあとも抜けずにいたが、みんな、私がいることなど忘れているのだろう。
最新の書き込みは、瑠奈の新作発表だった。
添付されたデザイン画を見て、指先が強くこわばる。
あれは数か月前、私が2週間、夜を徹して描いたものだ。そのころは、もう一度デザイン部に戻りたいと思っていた。
けれど、そのあと思いがけず妊娠し、怜司に、今はデザイン部に戻る時期じゃないと言われた。
私の作品を瑠奈に渡すには、ちょうどいい時期だったらしい。
私は1行打ち込んだ。
【私のパソコンに入っていたデザイン画が、いつからあなたの作品になったの?】
怜司がすぐに返信する。
【グループででたらめを言うな】
続いて、新たな通知が表示された。
【瑠奈が紗月をグループから削除しました】
会社へ行くと、背後でひそひそ声が聞こえた。
「ほら、会社まで押しかけてきた。器が小さいよね」
「家で楽してるのに、まだ不満なんだ。嫉妬ばっかり」
「瑠奈さんは実力でしょ。あの人は運がよかっただけ。いい人と結婚したんだから!」
背中に突き刺さるような視線を無視して、怜司のオフィスへ向かった。
瑠奈もいた。机には書類が置かれ、怜司が署名している。
目をやると、プロジェクト報奨として、車の購入費800万円と書いてあった。
まだプロジェクトも始まっていないのに、褒美はもう承認されていた。
色も、優先度もない。署名する怜司に、ためらいのかけらもなかった。
顔を上げて私に気づくと、彼は反射的に書類を裏返す。
そして低い声で言った。
「ちょうどいい。瑠奈に謝れ」
私は耳を疑った。
「私が謝るの?」
「紗月、嫉妬もほどほどにしろ。グループであんなことを言われたら、瑠奈の立場がなくなるだろ」
私は口の端をわずかに上げた。
「人のデザインを盗むのは、恥ずかしくないの?
始まってもいないプロジェクトの褒美に、車代800万円をもらうのは?」
瑠奈がそっと怜司の服の裾を引いた。
「怜司さん、車はもういいよ。私のために喧嘩しないで。じゃないと、生活費の申請を却下したことで、また紗月に責められちゃうから」
怜司の顔が、すっかり険しくなった。
「結局、金が欲しくて騒いでるんだな。
なら、思い知らせてやる」
彼は内線のボタンを押した。そして警備員に命じて、社員たちの前で私を会社から無理やり追い出させた。
外の風に吹かれた途端、下腹部に、下へ引っ張られるような激しい痛みが走る。私は慌てて、そばの石の腰掛けに座った。
スマホに、続けて2通のメッセージが届いた。
1通は病院から。
【西原さん、妊婦健診の結果が出ました。早産の危険性が非常に高いため、遅くとも明後日までには入院し、いつ出産になっても対応できるようにしてください】
もう1通は怜司からだった。
【お前の家族カードは止めた。謝ったら、また使えるようにしてやる】
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