あなたを待つことがあった第2話
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3日後、蒼真が私を訪ねてきた。彼の手には、老舗の蟹めし弁当が提げられていた。
私が一番好きな店のものだ。
蒼真は袋をローテーブルに置き、私の向かいに座り込んだ。
「母さんが急に決めたことなんだ。あんなふうに皆の前で発表するなんて、俺も本当に知らなかったんだ」
「でも、お母様は私にこう言ったわよ。あなたが言い出せないから、代わりに言ってあげるって。それも急に決めたことなの?」
蒼真は言葉に詰まった。
「母さんが君に会いに行ったのか?」
私は頷き、彼の目をまっすぐに見つめ返した。
「私にふさわしい相手を見つけて結婚しなさいって言われたわ。自分の人生を無駄にするなって。それで、あなたは私にあとどれくらい待てって言うつもり?」
蒼真はしばらく重い沈黙を落とした。
「もう少しだけ時間をくれ」
「どれくらい?3年じゃ足りなかったの?」
蒼真は顔を上げ、すがるような目で私を見た。
「柚葉の家と俺の実家は、ビジネスで深く結びつきすぎているんだ。今すぐに関係を白紙に戻すことはできない。だから、もう少しだけ待ってほしい」
結局、私は何も言い返さなかった。
翌日、蒼真は何事もなかったかのように、「重要な取引先の接待だ」と言って私を会食に同行させた。
仕事である以上、断るわけにはいかない。
私は昨日のことには一切触れず、指定された個室に入った。だがそこには柚葉の姿もあり、当然のように彼の隣に座っていた。
蒼真は他の客に向けて私を紹介した。
「こちらは弊社の弓月綺織です。企画の立案などを担当しております」
食事中、柚葉は甲斐甲斐しく蒼真の皿に料理を取り分け、お酒を注いでいた。
蒼真もごく自然な手つきで、彼女のためにエビの殻をむいてやった。
その一連の動作は、すでに何百回と繰り返してきたかのように滑らかだった。
蒼真はふと私の存在を思い出したかのように、こちらを振り返った。
「綺織、今日の重要なポイントをメモしておいてくれ。後で各部署に共有するように」
私はスマホを取り出し、メモアプリを立ち上げた。
柚葉はわざとらしい小声で蒼真に囁いた。「弓月さんは本当に真面目ね。お食事の席でもお仕事を忘れないなんて」
蒼真は笑って答えた。「彼女はそういう性格なんだよ。何事にも真剣でね」
最初から最後まで、彼が私を自分の恋人だと紹介することは一度もなかった。
会食がお開きになり、柚葉が立ち上がると、蒼真はすかさず彼女のコートを取って羽織らせた。
そして私を振り返って言った。「綺織、先に車を出してきてくれ。俺は柚葉をエントランスまで送るから」
私は車を回し、エントランスの前に停めた。
蒼真と柚葉は階段の上で話し込んでおり、彼女は蒼真の袖を引っ張りながら甘えるように笑い声を上げていた。
通りすがりの客が「堂島社長と奥様は本当に仲がおよろしいですね」と声をかけると、蒼真は満更でもない様子で笑って応えた。
柚葉を見送った後、ようやく蒼真が助手席に乗り込んできたが、私はハンドルを握ったまま車を出そうとはしなかった。
「さっき、どうして私を彼女だって紹介してくれなかったの?」
「今日はそういう場じゃなかったんだ。先方の社長もいたしな」
「だから、私はまたあなたの秘書役を演じさせられたってわけね」
「今回だけだ。その場しのぎの対応だよ」
私は蒼真の方へと顔を向けた。
「蒼真、私はあなたのそばに3年間いたわ。恋人から配膳係になり、配膳係から秘書になった。次は一体何になればいいの?」
蒼真は眉をひそめたまま、押し黙った。
帰りの車内では、互いに一言も口をきかなかった。
彼のマンションの下まで送り届けると、蒼真は車を降りる直前に私の手を握りしめた。
「綺織、分かってくれ。俺の心には君しかいないんだ。彼女とはただ名目上の関係にすぎない」
私は彼の手を振り払い、車を走らせた。
バックミラーに映る蒼真はエントランスの前に立ち尽くしたままで、追いかけてくる気配はなかった。
ふと、付き合い始めた年の冬の記憶が蘇った。あの頃、彼は熱を出しているのに、温かいミルクティーを両手に抱えて学生寮の下で私を待っていてくれた。
あの頃の蒼真は、私を40分も待たせるような真似はしなかった。
勝手口からコソコソと入らせることもしなかった。
食事の席で、ただの同僚のふりをさせるようなことも絶対にあり得なかった。
いつの間から彼は変わってしまったのか、私にはもう思い出せなかった。
その週末、私は一人でショッピングモールに出かけ、4階のレストランで蒼真と柚葉の姿を見かけた。
二人のテーブルにはペア向けの限定コースが並んでおり、柚葉がスプーンでデザートをすくい、蒼真の口元へと運んでいた。
蒼真は自然に口を開けてそれを受け取り、笑顔でペーパーナプキンを取って彼女の口元を優しく拭ってやった。
私は吹き抜けの手すりの陰に立ち尽くし、彼が先週「今度の週末は休日出勤だ」と言っていたことを思い出した。
休日出勤とは、こういう意味だったのだ。
私は彼らのテーブルへは近づかず、背を向けて下りのエスカレーターに乗った。
エスカレーターが一段、また一段と下るにつれて、私の心も地の底まで沈み込んでいくようだった。
彼は決して、人前で誰かに優しくできないわけではなかった。
ただ、その相手が私ではなかったというだけのことだ。
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