あなたを待つことがあった第1話
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初夏の親族の集まりで、堂島蒼真(どうじま そうま)は私を正式に家族に紹介すると言った。
私は3ヶ月も前から準備を重たあげく、彼の実家の前で1時間も待ち続けるのを余儀なくされた。
ようやく中へ通されたかと思えば、彼の母親が高級な着物をまとった女性の手を引いて現れた。
そして、満面の笑みで参列者全員に向かって告げた。
「紹介するわね。こちらは柊柚葉(ひいらぎ ゆずは)さん。蒼真の婚約者です。結婚式は秋に決まりました」
私は蒼真を見た。
彼はうつむいたまま、一言も否定しなかった。
宴席の間中、蒼真と柚葉は親族たちからの祝福を一身に浴びていた。
一方で私は、使用人に勝手口から通され、広間の隅のテーブルに追いやられた。そこには私の分の箸や取り皿すら用意されていなかった。
宴もたけなわの頃、蒼真からLINEが届いた。
【待っててくれ。俺がちゃんとするから】
私は一言だけ返信した。
【おめでとう】
* * *
初夏の親族の集まりで、堂島蒼真(どうじま そうま)は私を正式に家族に紹介すると言った。
堂島家の立派な本邸の前に車が止まると、蒼真はシートベルトを外した。
「5分待っててくれ。先に中に入って、母さんに話をつけてくるから」
5分が過ぎ、蒼真から「もうすぐだ」とLINEが来た。
10分後、「すぐに行く」とメッセージが届いた。
40分後、「もう少し待ってくれ」と言われた。
私はもう何も返信しなかった。
車の窓越しに、蒼真の母親が自ら玄関先まで出向き、着物姿の女性を出迎えるのが見えた。
その女性は車を降りるなり蒼真の隣に歩み寄り、親しげに腕を絡ませた。
蒼真は彼女を突き放すことはなかった。
3人は談笑しながら中へと消えていき、重厚な門が私の目の前でピシャリと閉ざされた。
スマホの画面はまだ明るく、トーク履歴は「もう少し待ってくれ」で止まったままだ。
さらに20分が経過した頃、使用人が車の窓をノックした。
「弓月綺織(ゆづき きおり)様ですね?奥様が、キッチンが立て込んでいるから先に入って手伝うようにと仰っております」
「堂島の奥様が、どうして私のことを?」
「若旦那様がそうおっしゃったのです。来たら手伝いしなさい、と」
私は使用人の後に続き、勝手口からキッチンへと足を踏み入れた。
使用人は私に小皿の束を押し付け、広間の隅にあるテーブルを指差した。
「あのテーブルは食器が一組足りていません。並べ終えたら、料理の配膳をお願いします」
私は皿を手に宴会場へと向かい、途中で鏡の前を通り過ぎた。
薄暗い廊下に一張羅のワンピースを着て立っている自分の姿は、あまりにも場違いで惨めだった。
宴会場からは絶え間なくどっと笑い声が湧き上がっている。
私は指定された隅のテーブルに皿を置き、顔を上げた。
蒼真の母親は主賓席の横に立ち、柊柚葉(ひいらぎ ゆずは)の手をしっかりと握っていた。
「今日は本当におめでたい日です。皆様にも喜ばしいご報告があります。柚葉さんと蒼真の結婚式は、秋に執り行うこととなりました」
会場全体が割れんばかりの拍手に包まれ、親族の誰かが「キスしろ」と囃し立てた。
柚葉は背伸びをして、蒼真の頬にキスをした。
蒼真は口元に笑みを浮かべたままで、それを避けようともしなかった。
私は部屋の隅に立ち尽くしていたが、蒼真は最後までこちらに視線を向けることはなかった。
私は手にしていた箸を置き、勝手口から外へと出た。
庭に出ると、蒼真の母親が後を追うように出てきた。
彼女は階段の上に立ち、私を頭の先からつま先まで値踏みするように見下ろした。
「あなたが弓月綺織さんね?蒼真から話は聞いているわ。聞き分けの良いお嬢さんで、決して騒ぎ立てたりしないって」
彼女は薄く笑い、近づいてきて私の手の甲をポンと軽く叩いた。
「今日のことはあなたも見たでしょう。柚葉さんが堂島家の嫁よ。蒼真は優しすぎてあなたに言い出せなかったみたいだから、私が代わりに言ってあげるわ。もうお帰りなさい。そして、二度とここへは来ないでちょうだい」
そう言い残すと、彼女は冷たく背を向け、家の中へと戻っていった。
私が門の外へ出た瞬間、スマホの画面が光った。
【待っててくれ。俺がちゃんとするから】
私は一言だけ返信した。
【おめでとう】
そして、配車アプリでタクシーを呼び、その場を離れた。
車が路地を曲がろうとした時、バックミラー越しに堂島家の二階の窓を見上げた。
柚葉が窓辺に立ち、ワイングラスを手にして、私の方に向けて軽く掲げているのが見えた。
その直後、見知らぬ番号から一枚の写真が送られてきた。
それは蒼真と柚葉の親密なツーショット写真だった。
柚葉は蒼真の肩に寄りかかり、蒼真はカメラに向かって幸せそうに笑っている。
写真の下には一行のメッセージが添えられていた。
【彼は、あなたはただの部下だと言っていたわよ】
私はその写真を長い間見つめた後、スマホを裏返して膝の上に置いた。
ふと、臨終の際に私の手を固く握りしめた母の言葉を思い出した。
「綺織、あなたを待たせるような男は選んではだめよ。
お父さんは私を10年間も待たせておいて、最後はあの女と一緒に出て行ったわ。あなたには、私のようにただ待つだけの人生を送ってほしくないの」
私はその時、母の手を握り返してしっかりと頷いたはずだった。
なのに今、私はタクシーの後部座席に揺られながら、自分がどこへ向かえばいいのかさえ分からずにいた。
アパートに戻ってクローゼットを開けると、蒼真が初めてプレゼントしてくれたワンピースが掛かっていた。
3年間大切に着続けて、どうしても捨てられなかったものだ。
私はワンピースを丁寧に畳んで紙袋に詰め込み、さらに引き出しの奥からパールのイヤリングを取り出した。
それは彼が初めてのボーナスで買ってくれたもので、「これからは毎年の記念日に一つずつプレゼントするよ」と約束してくれた品だった。
しかし、記念日を3回迎えた今も、私が彼から受け取ったプレゼントは、このイヤリングだけだった。
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