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99回、君を許した第2話

この話は約2041字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

タクシーには乗らず、歩いて帰った。家に着く頃には、もう薄暗くなっていた。

玄関に立ち、靴箱の上に飾られた二人の写真を見る。3年前、南の島で撮ったものだ。夏帆は本当に楽しそうに笑っていて、その目には星がいっぱいに詰まっているようだった。

今、その輝きはすべて、別の人に向けられている。

胸の奥から、どうしようもない無力感が湧いてきた。ソファに体を投げ出すと、スマホが震えた。夏帆からだ。

【検査が終わったよ。悠真は大丈夫。少し低血糖を起こしただけだった】

画面を見つめたまま、文字を打とうとしては指が止まる。さんざん迷って、結局送ったのは短い返事だけだった。

【わかった】

すぐに、次のメッセージが届く。

【今夜、一緒に食事しよう。いつものお店で】

断るべきだった。

けれど、再び画面が光った。

【あなたの好きな窓際の席、予約しておいたよ】

それを見ただけで、情けないほど心が揺らいだ。7年間もの習慣は恐ろしい。今度こそ、自分が悪かったと気づいて、変わろうとしているのかもしれない。

残りわずかな期待を抱いて、待ち合わせの店へ向かった。

初めてデートをした、あのイタリアンレストランだった。夏帆は念入りに化粧をして、僕が贈った赤いワンピースを着ていた。

目の前のマッシュルームのクリームスープをかき混ぜながら、以前と変わらない穏やかな様子で口を開く。

「今日のことは……私が焦りすぎたと思う」

僕は何も言わずにステーキを切った。

「でも、悠真はまだ若いし、わからないことも多いでしょう。それに、本当に何かあったら……」

ナイフとフォークが皿をこすり、耳障りな音を立てた。僕は表情を動かさず、顔を上げる。

「夏帆、この食事の間だけでいいから、彼の話をしないでもらえる?」

夏帆は一瞬きょとんとした後、笑ってうなずいた。

「わかった」

ようやく、空気が少し和らいだ。来週公開される映画のこと、新しく科に来た部長のこと。話は学生時代の失敗談にまで及んだ。

ふと、昔に戻れたように感じる瞬間もあった。

それなのに――

「もう少し早く食べて」

不意に夏帆が急かした。

「どうして?」

夏帆は手元のスマホに目を落とす。

「悠真がここのティラミスを食べたいんだって。ひとつ、持ち帰ってあげようと思って」

フォークが手から滑り、皿の上に落ちた。

「本気で言ってる?」

夏帆はもう手を上げて店員を呼んでいた。

「そうだけど。今日、具合が悪かったでしょう。元気づけてあげたいの」

「じゃあ、僕たちは……」

声が震え始めた。

「夏帆、今日は入籍するはずだったんだ。君はまた彼のために、その約束を後回しにした。今こうして、二人で落ち着いて食事をしてても、考えるのは彼に何を持っていくかってことだけか!?」

声を抑えきれない僕に、夏帆が不機嫌そうに眉を寄せた。

「また何を怒ってるの?具合の悪い人が甘いものを食べたがって、何がいけないの?」

「具合が悪い?」

僕は鼻で笑った。

「検査結果、君が送ってくれたよね。どの数値を見ても、僕より健康なくらいだったけど」

「遼!そんなに心が狭いの?たかがケーキひとつで!」

夏帆が勢いよく立ち上がり、椅子が床をこする音が響いた。周りの客が一斉にこちらを見る。店員は持ち帰り用の箱を手にしたまま、気まずそうに立ち尽くしている。

周りの目なんて、もうどうでもよかった。何年もため込んできた悔しさが、行き場を求めていた。僕も立ち上がり、冷めた目で夏帆を見た。

「心が狭い?この7年、僕は君の好きな食べ物も、嫌いなものも覚えてきた。毎月いつ生理痛でつらくなるかも、君が話してくれたことも、ひと言だって忘れずにいた。それなのに君は、僕のいちごアレルギーさえ覚えてない」

夏帆の顔から血の気が引いた。

「あなた……昔のことまで持ち出すつもり?」

「先週は彼に夜食を届けた。先月は仕事を抜けて、あいつの誕生日を祝った。これからも、いったいいくつ言い訳を聞かせるつもり?」

夏帆の視線が泳いだ。周りに見られているのが耐えられないのか、座席のバッグをつかむ。

「もう、うんざり!具合の悪い人相手に、そこまで張り合って、情けないと思わないの?」

背を向けて出ていくときにも、ティラミスだけは忘れずに持っていった。

僕はその場に立ったまま、食べ残されたステーキを見つめた。焼き加減はミディアムウェル。黒こしょうを振るのが、夏帆のいちばん好きな食べ方だった。

「お客様……こちらもお包みしましょうか?」

店員が遠慮がちに尋ねる。首を振り、財布を取り出した。

「いえ、結構です」

帰り道、夜風が目にしみた。薄暗い街灯の下で、悠真がインスタに投稿した写真だけが、やけにまぶしい。

病院のベッドにティラミスを置いた写真に、こんな言葉が添えられていた。

【夏帆さん、ありがとう。おいしいティラミスに癒された】

その下には、夏帆から笑顔の絵文字がついていた。

スマホをポケットに押し込み、どっと疲れを感じた。

99回。いや、本当はとっくに、そんな数を超えているのかもしれない。

どちらにしても、もう終わりにしたほうがいいのだろう。

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