40度の真夏に、私は両親に車の中に閉じ込められた第1話
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気温が40度に達する真夏の中、私・佐伯美奈(さえき みな)は酷い風邪で高熱を出していた。
それなのに両親は、弟である佐伯陽斗(さえき はると)の荷物持ちをさせるため、私を無理やり遊園地へ連れ出した。
車を降りるなり、陽斗がアイスを食べたいと駄々をこねた。
両親は陽斗を甘やかすように抱きかかえてそそくさと立ち去り、私はロックされた車内に一人置き去りにされた。
うだるような熱気に目を覚ました私は、助けを求めて必死に車の窓を叩いた。
ガラス越しに、母がふと振り返るのが見えた。
母は父に向かって「あの子ったら、どうせ車の中でエアコンに当たっていたくて降りてこないんでしょ」と言っていた。
車内の温度は70度近くまで跳ね上がっていた。
薄れゆく意識のなか、最後に目にしたのは、アイスを手にした陽斗が私に向かってあっかんべーをしている姿だった。
私の魂が体を離れ、車外へと揺らめき出ていく。
お父さん、お母さん。これでようやく、私を目障りに思わずにすむね。
* * *
車内の空気は、焼けつくように熱かった。
私ははっと目を覚ました。
汗が目に入って視界がぼやけ、喉は焼けるように乾いて痛んでいた。
口を開けて息を吸おうとするが、肺に流れ込んでくるのは熱風ばかりだ。
窓の外からは、突き刺さるような日差しが降り注いでいる。
ドアは固く閉ざされている。
私はドアノブに手を伸ばした。
ガチャ。
ピクリとも動かない。チャイルドロックがかかっているのだ。
窓の外へ目をやると、父と母が陽斗の両手を繋ぎ、遊園地の入口へと向かって歩いていた。
陽斗の手には、買ってもらったばかりのアイスクリームがある。
私は必死で車の窓を叩いた。
「お母さん!お父さん!」
声はガラガラにかすれ、弱々しく響くだけだ。
分厚いガラスが、私の叫びをことごとく遮断している。
両手を握りしめ、バン、バン、バンッって窓ガラスを殴りつけた。
手のひらが激痛で痺れる。
ふと、母が足を止め、車の方へと振り返った。
私はなりふり構わず手を振った。
だが母は眉をひそめ、父に向かって口を開いた。
唇の動きで、何を言っているのか分かってしまった。
「あの子ったら、どうせ車の中でエアコンに当たっていたくて降りてこないんでしょ。
ほっときましょ。陽斗を連れて遊びに行きましょ」
父は振り返りもせず、陽斗を軽々と抱き上げた。
「放っておけ。出てこられて水を差されるよりマシだ」
陽斗は父の肩越しに、車内の私を見つめていた。
両手に持った二つのアイスを持ち上げ、あっかんべーと舌を出した。
意地悪な顔をつくり、口元がこう動いた。
「あつくなってしんじゃえ」
仲睦まじい3人家族の背中は、そのまま遊園地の入口の向こうへと消えていった。
車内の温度は、今この瞬間も上がり続けている。
外気温40度で、屋外駐車場は遮るものが何もない。
黒いルーフに直射日光が容赦なく照りつけ、車内はまるでオーブンのように熱気を溜め込んでいく。
めまいと吐き気で、意識がグラグラと揺れる。
今朝、39度の高熱を出していた私は、家で休ませてほしいと母に懇願した。
しかし母は、私の掛け布団を勢いよく引っぺがしたのだった。
「こんな真似をしてどういうつもりよ!
今日陽斗が遊園地に行くのに、あなたが行かなきゃ誰が荷物を持つの?
今まで誰のおかげで飯が食えて服が着られてると思ってるの? ちょっと手伝わせようとしただけで病気のフリなんてして!」
傍らで父が冷ややかに鼻を鳴らした。
「行きたくないなら行くな。その代わり、これからの小遣いも生活費も一銭もやらんからな」
私は重い体を無理やり引きずり、車に乗るしかなかった。
席についた途端、限界を迎えた体は意識を保てず、後部座席に倒れ込むように眠ってしまったのだ。
まさかその眠りが、二度と目覚めぬ死への入り口になろうとは思いもしなかった。
額から流れ落ちた汗が目に入り、沁みるような痛みに少しだけ意識が持ち直す。
助けを待っていては死ぬ。自分でなんとかしなければ。
私は運転席の後ろへ這い寄り、前の座席へ乗り越えてドアを開けようとした。
だが、運転席と助手席の間には、頑丈な金網が立ちはだかっていた。
父が飼っている愛犬が前席へ飛び出さないように取り付けたものだった。
私はなりふり構わず金網を引っ掻き、引き千切ろうとした。鋭い針金が指先に食い込み、赤黒い血が滲み出る。
痛みなど感じている暇はなかった。少しでも隙間を作ろうと、強引に体をねじ込む。
しかし隙間はあまりにも狭く、すり抜けることなど到底不可能だった。
絶望とともに後部座席へ崩れ落ちた。
諦めきれず、金網の隙間から腕を限界まで伸ばし、ハンドルのクラクションへ手を伸ばした。体重をかけて必死に押し込んだ。
音がしない。
私は愕然とし、何度も、何度も強く押し直した。
それでも、車内には虚しい沈黙が広がるだけだった。
そこで思い出した。先週、父が「クラクションの音が気に入らない」と言って、バッテリー周りの配線を自分で弄っていた。
エンジンを切った状態では、クラクションが鳴らない構造になってしまっていたのだ。
息をするのが急速に苦しくなっていく。肺に吸い込む空気が熱で焼きつくように熱く、胸が押し潰されるように痛んでる。
私は上着を脱ぎ捨て、それを肘にぐるぐると巻きつけた。
そして、残された体力を振り絞り、サイドガラスに向かって肘を叩きつけた。
1回……2回……
それでも強化ガラスは割れなかった。激痛で肘の骨が砕けたかと思った。
体の水分はとうに干からび、汗すら出なくなった肌が赤く熱を帯びていく。
意識が、少しずつ遠のいていく。
シートの上に崩れ落ち、荒い息を繰り返してる。
視野の端から黒い斑点が広がり始め、胸の奥で心臓が暴れるように鳴り響いている。
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