10年の恋を捨てて、私は晴れ空へ歩き出す第2話
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どこまでも事務的で、自分は一切えこひいきなどしていないという顔を見つめながら、私は初めて、反論する気力さえ失った。
思えば、あの日を境に会話が減り、二人の溝は深まっていった。
その後、朱里は異動し、啓介の専属アシスタントになった。
肩書だけを見れば横滑りだが、実際には彼のそばで重要な仕事に関われる、事実上の抜擢だった。
徹底して公私を分けた結果、啓介は公平無私な上司という評判を得て、朱里には周囲の同情と好意が集まった。
実力で副部長になった私だけが、理不尽な思いを抱えたまま、誰にも顧みられなかった。
思い返すと、今でも胸がかすかに痛む。
あの頃、何も言えずに耐えていた自分のために。そして、むだにしてしまったこの10年のために。
食事を終えると、啓介は席を立とうとした。
一人が料理をしたら、もう一人が後片づけをする。それが同居を始めたときに決めたルールだった。
込み上げる感情を押し込み、私は彼を呼び止めた。
「啓介、話があるの」
啓介は座り直し、私を見た。
私は深く息を吸い、気持ちを落ち着かせた。
「啓介、私たち、別れ――」
そのとき、突然鳴り出した着信音が言葉を遮った。
画面に表示されていたのは、朱里の名前だった。
電話に出ると、受話口から慌てた声が聞こえてきた。仕事でミスが見つかり、至急戻って対応してほしいという。
啓介は眉をひそめ、すぐに私を見た。
「栞、話は今度にしてくれ。今は仕事が先だ」
そう言い残すと、立ち上がって出ていった。
またしても、残されたのは彼の背中だけだった。
胸の奥に細かな痛みが一斉に走り、息が詰まった。
けれど、彼が向かったのは仕事だ。会社のことが私事より優先されるのは当然だと言われれば、つらいと口にする資格さえ私にはないように思えた。
部屋が再び静まり返ったとき、スマホに通知が届いた。
海外の大学院から出願結果が届いたのだ。合格だった。3日後には、長年憧れていた留学へ旅立てる。
啓介と結婚することが、若い頃から抱いてきた一番の願いだったとすれば、大学院へ進むことは、ずっと胸の奥にしまい込んできたもう一つの夢だった。
私と啓介は、同じ地方の小さな町で育った。その年、町から難関大学へ進んだのは私たち二人だけだった。
余裕のない学生時代を支え合いながら乗り越え、いつか一緒に大学院へ進み、この街で暮らしていこうと約束した。
だが、学び続けるにはお金が要る。当時の家計では、二人のうち一人を大学院へ通わせるのが精いっぱいだった。
私は進学を諦め、先に就職する道を選んだ。そして働いて得た収入で、啓介が大学院を修了するまで支え続けた。
あのとき、彼は私の手を握り、まっすぐな目で言った。
「栞、卒業して仕事が軌道に乗ったら、結婚しよう。一生かけて大切にする。埋め合わせもする。栞が譲ってくれたことも、支えてくれたことも、絶対に裏切らない」
大学院を出た啓介は、私と同じ会社へ入った。
初めのうちは何も変わらず、私たちは仲のいい恋人同士だった。
だが、啓介が昇進を重ね、私の上司になるにつれ、少しずつ歯車が狂い始めた。
彼は、必要以上に公私の区別にこだわるようになった。
最初は、人前で親しげに振る舞わず、社内で一緒にいるところを見せないだけだった。
やがて、わざと距離を置き、必要な会話すら交わさなくなった。人目がない場所で会っても、どこか他人行儀だった。
そして今では、10年かけて築いた関係よりも、職場での評判や自分が決めた一線のほうが重くなっていた。
考えがまとまらないまま画面を見つめていると、啓介からメッセージが届いた。
【昔、二人でよく行った商店街のラーメン屋、覚えてるか?】
知らない土地へ出てきたばかりの頃、何度も通った小さな店だった。
当時は財布に余裕がなく、二人で一杯しか頼めないこともあった。啓介はいつも自分の分を惜しみ、麺も具も半分以上、黙って私の器に移してくれた。
その後、仕事に追われるうちに店は移転し、いつしか行方が分からなくなっていた。
あの頃を思い出すと、不意に心がほどけた。
今はどれほど遠い存在になっていても、かつて私たちがひたむきに愛し合っていたことまで、嘘になるわけではない。
私は一文字ずつ打ち込んだ。
【覚えてる。どうしたの?】
すぐに返信が来た。
【篠原もああいうラーメンが好きで、ずっと食べたがってる。でも、店がどこへ移ったのか分からないそうだ。栞なら知らないか?】
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