養子の誕生日、妻は俺を地下室に閉じ込めた第3話
この話は約1463字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
美咲は保護者会へ行くことを、わざと俺に隠していた。だから、俺は何も知らなかった。
あのときのうれしそうな美咲の姿は、今もはっきり覚えている。だがその一方で、俺が嘘をつき、子どもにまで嫉妬していると決めつけていた。
「律様、律様!しっかりしてください!」
誰かの大きな両手が、俺の体を強く揺さぶっている。頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない。どうにかゆっくりと目を開けた。
目の前には誠司がいる。
俺が目を開けると、誠司はほっと息をつき、胸元を軽くたたきながら言った。
「意識が戻ってよかったです」
続けて、不満そうにこぼした。
「律様、驚かせないでください」
目を落とすと、真っ赤な液体が辺りに広がっている。
誠司も俺の視線を追い、何かに気づいたように鼻を押さえ、嫌そうに顔をしかめた。
「律様、作業員が置いていったペンキ缶を倒したんですか?ひどい臭いです。
仮にもこの家のご主人でしょう。それなのに、家を大事にする気なんて少しもないんですね。
いつも私たちを困らせてばかりです!」
はっとして隅を見ると、赤いペンキ缶が倒れている。俺の手が、うっかり当たったのだろう。
地下室は暗い。誠司の体が、入口から差し込む光を遮っている。すると、誠司は何か思い当たったように声を上げた。
「美咲様のおっしゃったとおりでした。ペンキ缶をわざと倒して、私に血だと思わせたんですね。それで美咲様に電話をかけさせ、帰ってきてもらおうとしたんでしょう!
美咲様が騙されなくてよかったです!
危うく、悠斗様たち3人で過ごす誕生日まで台無しになるところでした!」
誠司を鋭くにらんだが、痛みのせいでほとんど声が出ない。
俺の視線に一瞬ひるんだ誠司は、慌ててモップを取りに行き、地下室のドアを閉め忘れた。
地下室から外へ続く階段は、何度も折れ曲がっている。けれど、考えている時間はない。このままではここで死んでしまう。自分で助けを求めるしかない。
何度か深く息を吸い、震える手を壁につき、どうにか立ち上がった。一歩ずつ、外へ向かう。
この階段が、こんなにも長く感じたのは初めてだ。胃がけいれんし、一歩進むたび、刃物で胃をえぐられるような痛みが走る。
美咲にスマホを取り上げられている。家の外へ出て、誰かに助けを求めるしかない。
大通りまでたどり着いたところで力尽き、その場に崩れ落ちた。
夕食後に散歩していた人たちが、すぐに俺の周りへ集まってきた。
一人が悲鳴を上げ、すぐに救急車を呼んだ。
その中には、美咲の取引先である井上雅人(いのうえ まさと)社長もいた。俺に気づくと、驚いた声を上げた。
「律さん!どうしてここに倒れているんですか?その血は……まさか、ご自宅に強盗が入ったんですか?今すぐ水野社長に連絡します!」
……
「井上社長?」
美咲は電話に出ると、不思議そうに聞き返した。
雅人はすぐに言った。
「水野社長、ご自宅に強盗が入ったようです!律さんが血だらけで、ご自宅の前に倒れています!救急車はもう呼びました。今すぐ第一総合病院へ来てください!」
電話越しの騒がしさに、美咲は眉を寄せ、反射的に立ち上がった。
そのとき、骨張った手が美咲の手首をつかんだ。亮介は困ったようにスマホを差し出す。
誠司とのメッセージ画面を見た瞬間、美咲の目つきが変わった。顔を険しくし、怒った声で言う。
「井上社長、誤解です。家に強盗は入っていません。夫が私への当てつけに、自分で赤いペンキをかぶっただけです。
お手数ですが、救急車はもう必要ないと伝えてください。かかりつけの医師には、もう連絡してあります。間もなく家に着くはずです」
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