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風は過ぎて、花はまだそこに第2話

この話は約1472字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「篠原、新聞取ってくれ」

翌朝の食卓で、風真は二度も声をかけたが、雪乃はスマホをぼんやり見つめたまま動かない。

やや苛立った風真は、彼女の目の前で手をひらひら振った。

雪乃はようやく我に返り、視線を落としながら新聞を差し出した。

「今日のお前、どこか上の空だな」

風真は不機嫌そうに眉を寄せた。さらに、テーブルのケーキに目を留め、さらに顔をしかめた。

「朝は甘いもん嫌いって知ってるだろ。なんでこれを出すんだ?」

雪乃は自分の皿に小さな一切れを取り分け、フォークを強く握るその指先は青白くなっていた。

静かに、そしてどこか滑稽に笑った。

風真はやっぱり覚えていなかった。昨日が、自分の誕生日だということを。

無理もない。綾音が戻ってきた今、偽物の自分の誕生日なんて、どうでもいいんだろう。

「……ごめん、忘れてた」

風真は特に気にする様子もなく、コーヒーを手に取る。視線はずっとスマホに向いていて、何かを待っているようだった。

雪乃は伏し目がちに、沈んだまま目をそらした。

――初恋って、すごいな。何年経っても、風真の心を支配している。

そのとき、スマホが小さく光った。

風真はすぐに手を伸ばし、画面を見た瞬間、氷のような顔が一気に柔らかくほどけた。

そんな顔、結婚して三年、一度も見たことがなかった。

雪乃は乾いた笑みを浮かべた。

――嘘も重なれば本当になる。三年の婚姻関係、始まりは恩返しだったとしてもとしても、その後は……?

でも、予想していた。こんな結末になることくらい。

深く息を吸い込んでから、雪乃は言った。

「風真、予約した時間、あと一週間。書類はもう提出したよ」

風真はスマホに夢中で、彼女の言葉など聞いていないまま返事をした。

「ああ」

雪乃の心にぽっかりと穴が開いた。

心の準備はしていたはずなのに、いざ現実になると、痛みがじわじわと広がっていく。

「私……もうすぐアメリカに行くの」

風真は相変わらずスマホに目を落としながら、片手で適当に手を振った。

「わかってる」

そしてコーヒーを置くと、そのまま急ぎ足で家を出ていった。

誰に会いに行くのかなんて、言うまでもない。

「風真、ちゃんと聞いてた?私、本当に行くんだよ。……本当に、何とも思わないの?」

ついに声をかけてしまった。

風真は振り返り、怪訝そうな顔で言った。

「何を?遊学だろ?前に言ってたじゃないか。今の話も、それだろ?」

そしてまた、足早に去っていった。

雪乃はひとり苦笑いした。

やっぱり、自分は彼の心の中にいなかった。

彼女のことなんて、彼にとってはもう忘れ去られた些細な雑音にすぎない。

遊学の話は、もう数月前のことだった。

でももう、訂正するつもりもなかった。

風真は、ようやく本物の初恋を手に入れた。

そして自分は、ついにこの場所を離れる。

辞表を片手に、雪乃は設計事務所へと足を運んだ。

「所長、辞めさせてください。留学し直すことにしました」

所長は驚きながらも目を輝かせた。

「前から言ってたじゃないか、君は伸びるって。ついにあの坊ちゃんの呪縛から解放されたってわけか?」

雲江市では誰もが知っていた、篠原雪乃がどれだけ西園寺風真を想っていたか。

雪乃は寂しげに微笑む。

窓の外、毎年同じように花が咲く。

でも、風景は同じでも、隣にいる人はもう、違う。

「……離婚しました」

所長は目を見開いたまま、しばらく黙っていたが、やがて納得したようにため息をついた。

「……そっか。恋ってのはさ、やっぱり対等じゃなきゃ。ずっと片方だけが与え続けるのは、誰だって疲れるよな。離婚してよかったんじゃないか」

雪乃は小さく笑った。

――うん。三年も頑張った。もう、十分。

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