音もなく雪が降る第1話
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十年間、堀内瑞雪(ほりうち みゆき)はずっと文句を言わずに篠崎乃安(しのざき のあ)のそばにいてあげてきた。
何もない退学寸前の大学一年生から、誰もが羨む篠崎グループの会長に、乃安が妻への深い愛情は、海市では周知のことだった。瑞雪自身も、そう思っていた。
しかし結婚して三年後、乃安は自分の囲い者と、二人の一歳になった子供を連れてきた。
帰るチャンスも捨て、自分の愛を全て捧げた報いは、裏切りだった。それなら、瑞雪は徹底的に、自分の愛を取り戻すしかなかった。
小川心晴(おがわ こはる)はただの遊び相手で、子供はただの意外で、いつまでも瑞雪だけが本命だと、乃安はずっとそう思っていたが、自分の命の一部だった彼女が行方不明になって、彼は気づいたのだ。この二年以上の裏切りで、とっくに自分は完敗したと。
* * *
「堀内さん、本当に自分に火葬の予約をするんですか?」
桃色の唇を軽くぎゅっとして、堀内瑞雪(ほりうち みゆき)は平然たる顔で頷いた。
「はい、予約したいんです。二倍の値段で支払ってもいいので、どうかこの2つの条件を満たしていただければと。まず、最高級の火葬炉が必要です。死体を残さず燃やせるために。そして、火葬した遺骨はすぐに海にばら撒いてください。プロセスは予め計画してくれるようお願いします」
支払って、予約の手続きを済ませて、半ヶ月後のスケジュールを確認した後、瑞雪は車で葬儀場を出た。
篠崎グループの本社を通りすがった瞬間、大型ビジョンに映るライブ配信の画面が目に入った。誰もが羨む篠崎グループの会長、篠崎乃安(しのざき のあ)は、記者からのインタビューを受けていた。
「一棟のビルくらい、全然寄付しますよ。海大は妻と知り合った母校なんです。母校が必要であれば、何でも差し上げますので。
東区のあの土地はまだ開発する予定はないんですね。残しておいて、自分で妻に夢のような家に設計してあげたいんです。
いきなり遊園地業界に手を出したことも大した原因はなく、妻は観覧車に乗るのが趣味で、全世界で唯一無二の観覧車をプレゼントしてあげたいからです。
ゲーム開発チームを買収したのも妻と少し関係がありまして、妻の好みに合って、女性向けのゲームを作ってあげたいんです。ゲームの世界でも、妻が変な人に影響されてしまったら困りますから」
最初から最後まで、妻のことばかりだった。
それほど深い愛情の込めた発言で、老若男女の関係なく、大勢の人が惹かれていた。
「篠崎会長、なんて愛妻家でしょう。毎晩こんな最高な夫と枕を交わして、その奥さん、どれほど幸せなのか、想像もできないわ」
「臆病者、妄想くらいいいでしょ。毎晩枕を交わすだけじゃ物足りないわ。毎日篠崎会長とショッピングしたり食事したり、愛の囁きで溺れたり、どこにだって連れてってもらったりして」
わいわいする喋り声が続いていた。ビジョンに映るインタビューを聞いて、例え昭和初期生まれの老人でも、まだ漢字も読めない純真な児童でも、その溢れんばかりのロマンチックな情熱に感心し、篠崎会長の愛情の深さを感じ取っていた。
「篠崎会長は愛妻家だな」と。
瑞雪は皮肉めいた笑みを浮かべ、目を逸らした。
彼女は十年前、事故で亡くなりそうになった時、この体の元主の念願に導かれ、この世界に来たのだ。
元主は乃安の幼馴染だったが、さまざまな誤解が故に、乃安と離れ離れとなり、闇堕ちさせてしまったのだ。彼の起業した企業が上場しても、尚彼女の乾いた心は癒されなかった。いっそのこと、上場の前日に自殺した。
生き返っても、自分は結局宿命には抗えないのではないかと心配で、死にそうな瑞雪を召喚してきたのだ。
生きていくために、瑞雪はずっと文句を言わずに乃安のそばにいてあげてきて、彼を何もない退学寸前の大学一年生から、誰もが羨む篠崎グループの会長にしてあげた。
会社が上場したら、自分は無事に帰って、元の世界で家族と再会できると思っていたが、長年一緒にいた日々の中、彼女はとっくに彼に惚れてしまったのだ。
現実ではないと知りながら、自分の愛を注いで育て上げたこの男を見て、彼女は自分の意志で帰るチャンスを捨て、せっかく手に入れた二回目の人生を、乃安に託した。喜びながら、彼の嫁になり、共白髪になるまで歩んでいこうと決めたのだ。
愛さえあれば、どこでも幸せになれると、同等な愛で報われると、そう思い込んでいた。
付き合ってからの四年間も、結婚してからの三年間も、まるで彼女が少しだけ傷つくことすら許せないかのように、乃安は表で全力でそう振る舞ってきた。
もっともっと可愛がれるように、三年間、子作りのことに関して一言も言わなかった。
二人の生活に邪魔者が現れてほしくないからだと。例えそれが何も知らない赤ん坊であっても。
子供はほしくないが、彼女にもアフピルを飲ませたくなくて、毎回する前にしっかりとつけていた。彼女の体を犠牲にするよりはマシだからだ。
そんな優しく、紳士的な男だが、彼女の知らないところで、囲い者と一歳の子供と家庭をもった。
【ね、知ってる?乃安が始めて子供ができたって知った時、めちゃくちゃ驚いて、大喜びしたのよ。
子供のベビー服もおもちゃもベビーカーも、乃安が自ら選んでくれたの。子供がもっと優れた環境で育てるように、庭園やプール付きの大別荘をくれたのよ。色んなところに子供の名前を書いててさ。
産後の私はお腹に妊娠線ができて、乃安に嫌われちゃわないかなって心配してたけど、乃安は額から足まで、至る所にキスしまくったの。嫌いになるわけないって。世界で一番綺麗で無垢な模様だって。
エレベーターに入ってから舌を絡めて、玄関に上がってから服を脱いで、部屋に入るまでもなく、歩きながらもう抑えきれなくなった感覚、わかるかな~?
乃安は最高で、たまらなかったって言ったわ。あんた、堀内瑞雪と一緒では味わえないけど、私だからこそ味わえる感覚だって】
自慢さが溢れ出しそうな文章が送られてきた。様々なシチュエーションや体勢の写真と動画付きで。
それは三年前、小川心晴(おがわ こはる)がまだ入社したばかりのインターン生だった頃から始まっていた。出産して母親になるまで。妊娠中でも、彼は休ませなかった。
なんと相思相愛で、ラブラブのカップルなのでしょう。
赤くなり、涙が溢れそうな目を擦り、瑞雪はスマホをカバンに入れた。そして横断歩道を渡って、篠崎グループ本社の向かいのカフェに入った。
弁護士はすでにそこで待っていた。
入ってきた彼女を見て、弁護士はカバンから分厚い書類を取り出し、彼女に渡した。
「堀内さん、おっしゃる通りにご用意した離婚協議書と、遺産を婦人子供のための財団法人に寄付する代理声明文で……」
まだ話の途中で、瑞雪は素早く書類を受け取り、迷いもせず二種の書類にともはっきりと署名した。
「遺産の処置は任せます。離婚協議書は、半ヶ月後必ず篠崎乃安の手に届けてください。死ぬまで、あいつと名前が並んでるのが嫌ですから」
要件を伝え終わると、瑞雪はお金を払い、カフェを出た。
篠崎グループの本社の周りの広場に戻ると、突然見慣れた姿が本社から現れ、こちらへ歩いてきた。
「本当に瑞雪だ」
乃安のそのハンサムな顔に、喜びが隠せずに浮かんでいた。
「こんな暑い中、どうしてここに?部下が君を見かけたって言い出した時、見間違いだと思ったよ」
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