雲の彼方に散る愛第2話
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次の瞬間、鼓膜を突き刺すような警報音が鳴り響き、遥は弾かれたように席を立った。
駐機場での緊急事態を告げるアラートだった。
この一年、飛行停止処分を受けていた遥は、地上での戦闘機メンテナンスを任されていた。その遥が考えるより早く、体の方が外へ飛び出していた。
格納庫のすぐ手前まで来たところで、遥の心臓が一気に冷え込んだ。
視線の先に、愛椛がいた。
遥が五年間かけて守り抜いてきた戦闘機のすぐ脇に立ち、その手には起爆装置が握りしめられている。
それは、本来なら機体が制御不能の致命的リスクに晒されたとき、最後の最後にだけ使用される、自爆用の最終手段だった。
「それを置きなさい!」遥は声を張り上げた。
愛椛がビクリと肩を震わせる。「遥先輩、あたしはただ、いつもみたいに機体の点検をしてて……」
遥は一歩ずつ間合いを詰めながら、氷のような声で言い放った。「さっきも言ったはずよ。その起爆装置を置きなさい。それは遊び道具じゃない」
愛椛は下唇を噛みしめ、次の瞬間、何かにひどく怯えたように全身を震わせた。
そのまま、勢いよく起爆装置のボタンを押し込んだ。
「やめろ!」
遥が飛びかかろうとしたが、ほんの一瞬遅かった。
凄まじい爆音と共に、爆風が遥の身体を容赦なく地面へ叩きつける。
それでも、痛みはほとんど感じなかった。見開いた瞳に映っていたのは、五年間苦楽を共にしてきた愛機が、炎の中でひしゃげ、きしみ、やがてバラバラに崩れ落ちていく光景だけだった。
視界が一気に暗転し、遥の意識は闇の底へと沈んでいった。
……
医務室にて。
医師が擦り傷に薬を塗り、ガーゼを当てていくのを、遥はただされるがまま受けていた。
目を閉じても、脳裏には空へと噴き上がる炎の柱が焼き付いたままだった。
この五年間のすべての昼夜、幾度となく繰り返した離着陸、機体に触れた指先の感触。積み重ねてきた記憶の一つ一つが、あの爆発と共に灰になってしまった。
そのとき、不意にドアが開いた。
雷星が入ってきて、その後ろには目の周りを真っ赤に腫らした愛椛が、身を縮こまらせて立っていた。
愛椛が泣き声混じりに言い訳を始める。「遥先輩が急に飛びかかってくるから、びっくりしちゃって……それに、あれ、ただの普通のスイッチだと思ってたんです。起爆装置だなんて、本当に知らなくて……」
遥は自嘲気味にふっと笑い、口角だけをわずかに持ち上げた。「知らない?私がさっき注意したでしょう?それに、この基地に入った初日に、全員が緊急設備の識別を叩き込まれるはずよ。知らないなんて、よくそんな嘘がつけるわね」
愛椛は助けを求めるように雷星を見上げた。
雷星の視線は二人の間を行き来し、やがて遥の顔に止まった。
「いずれにしても、結果として戦闘機は失われた。基地の機体はすべて国有財産だ。お前には、管理監督を怠った責任がある」
遥は呆然としながら、目の前の男を見つめた。
十年追いかけてきた。十年愛し続けてきた。そして、もうすぐ夫婦になるはずだった男を。
それなのに今は、どうしようもないほど、酷く遠い他人のようにしか見えなかった。
雷星の声には一片の迷いもなく、事務的な響きだけがあった。
「規定に基づき、お前には三日間の禁閉処分を命じる」
禁閉室の中。
遥はずっと下唇を噛みしめ、小刻みに震えていた。閉所恐怖症の発作が、全身を内側から締め付けていた。
十年前の薄暗い倉庫で、遥は十三日間も監禁されていた。
硝煙の匂いの中、一人の少年が飛び込んでくる、その瞬間まで。
少年だった雷星は、あのとき遥に向かって言った。「もう怖がるな。俺がちゃんと連れて帰る」
救急車に乗せられる直前、少年は遥の手に小さなお守りを握らせた。
「これをやるよ。これから先、もしまた怖くなったらこれを見て。
忘れるな。お前のために、必ず駆けつける人がいる」
いつの間にか、遥の頬は涙で濡れていた。遥は膝に顔を埋め、やがて袖で乱暴に涙を拭った。
嘘つき。
心臓を鋭い刃で貫かれたように、鼓動のたびに痛みだけが胸の奥で脈打っていた。
どれほど時間が過ぎたのか、ようやく独房のドアが開いた。
そこには雷星が立っていた。冷え切った声が、狭い空間に落ちてくる。
「緊急任務だ」
遥は顔を上げて雷星を見つめた。その表情には、何の感情も浮かんでいなかった。
心が完全に死んでしまったのか、それとも痛みが麻痺するところまで達してしまったのか、自分でもわからなかった。
雷星は遥の顔をじっと見据え、わずかに眉をひそめた。それから、少し間を置いて言葉を継いだ。「科学者の緊急護送だ。この任務は、お前の最終審査の評価に直結する。それがどういう意味を持つか、わかるな」
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