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雲の彼方に散る愛第3話

この話は約1754字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

つまり、遥にはまだ雷星の唯一の飛行パートナーになる可能性が残されている、ということだ。

しかし遥はただゆっくりと立ち上がり、無言で頷いた。

雷星は一瞬、虚を突かれた顔をした。

もうかつてのように、目を輝かせて「本当ですか」と問い返すことも、「絶対にご期待を裏切りません」と意気込んで誓うことはしなかった。

遥は無言のまま雷星の横をすり抜け、視線すら向けなかった。

すでに、心の中で決断は下されていたからだ。

この任務を終えたら、辞表を出す。

十年――もう目を覚ます頃合いだ。

駐機場では、白衣姿の男が戦闘機に寄りかかりながら資料に目を通していた。

視線が交差した瞬間、二人とも少し驚いた表情を見せた。

白衣の科学者は目を丸くして言った。「遥さんですか?てっきり、あの男性パイロットが来るものと思っていました」

遥は事務的な態度で機体の状態をチェックしながら答えた。「パイロットの腕に性別は関係ありません。搭乗してください。三分後に離陸します」

飛行中、幾度となく発生した乱気流を、遥は完璧な操縦で回避してみせた。

無事に着陸を終えると、あの科学者はシートに深く背中を預け、問いかけた。

「僕のチームには、最高水準のパイロットが必要です。年俸はこの基地の三倍、興味はありますか?」

遥はそこで初めて、横を向いて科学者を見据えた。

「あと一ヶ月ほど、時間をください」

「問題ありません」

帰路、遥が操縦に集中していると、突然レーダー画面から航路表示が消失し、すべての通信が途絶えた。

遥の胸の奥で警鐘が鳴った。

知りうる限りの復旧手順を試したが、通信は一向に回復しなかった。

上空を旋回し続けるしかなく、燃料はすでに残り三分の一にまで減少していた。

管制塔と速やかに連絡が取れなければ、安全な着陸ルートすら確保できない。

やむを得ず、最も危険な目視外の計器着陸手順に移行しようとしたその時、チャンネルからかすかなノイズが漏れ聞こえた。

通信が繋がったのだ。

遥は即座に呼びかけた。

「こちら星野遥。着陸誘導を要請する。繰り返す、誘導を――」

だが、言葉はそこで途切れた。

ヘッドセットから聞こえてきたのは、管制官の応答などではなかったからだ。

泣きじゃくる愛椛の声が鼓膜を打った。

「雷星、あたしを置いて、本当に遥先輩と結婚しちゃうの?」

雷星の、わずかに荒くなった息遣いが通信機越しに聞こえる。

「……ああ」

愛椛の泣き声がさらに大きくなった。

「じゃあ、あたしはどうなるの?気が狂いそうだよ。あたしは雷星に助け出されたのに、もう、あたしのことはいらないの?」

短い沈黙。そして、遥の胃の腑が裏返るほど甘く優しい、雷星の声が響いた。

「結婚したら彼女に伝えるよ。公務の処理で基地に寝泊まりすることが多くなる、とな。遥なら受け入れてくれるさ」

遥は吐き気を堪えて操縦桿をきつく握りしめ、己の技術と勘だけを頼りに、なんとか基地周辺空域までの帰還を果たした。

ようやく管制塔と正式な連絡がつき、着陸態勢に入ろうとしたその時、再び雷星の声が通信に割り込んできた。

「なぜ帰還にこれほど手間取った。おまけに燃料も底を突きかけている。どれほど危険な状況かわかっているのか。

いいか、今すぐ最も近い第三滑走路へ着陸しろ。安全を最優先に――」

雷星の言葉が終わる前に、またしても愛椛の声がそれを遮った。

「だめ!彼女に第三滑走路を使わせちゃだめ!」

愛椛のヒステリックな声が響く。

「あそこは雷星専用の滑走路でしょ!どうして普通の戦闘機なんか下ろすの。雷星の滑走路が汚れちゃう!」

遥はあまりのことに、呆れて笑い出しそうになった。

通信機越しに、慌ただしい足音と、何やら揉み合うような音が聞こえてくる。

やがて雷星の声が再び響き渡った。常にパイロットの安全を第一の使命としてきたはずの司令官が、信じられないほど冷徹な命令を下した。

「遥、着陸地点を変更しろ。第五滑走路へ向かえ。お前の技術なら可能だ」

第五滑走路は、基地の最も外れに位置する滑走路だった。

遥は淡々と事実を告げた。「燃料が足りません。第五滑走路までは到達不可能です」

だが、雷星の声は冷酷そのものだった。「これは命令だ」

遥は無言で通信を切った。

そして操縦桿を倒し、目前の第三滑走路に向けて急降下を開始した。

それを見た管制塔内の愛椛が、突然外へと飛び出していった。

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