雨しずくの調べ第2話
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翌朝早く、私は一人で病院へ向かった。
手術の費用を支払って、順番を待っていたとき——
ちょうど超音波検査室の前で、匠哉が清佳を気遣うように支えながら出てくるのを見かけた。
二人はそのままロビーの長椅子に腰掛け、超音波の診断票を一緒に眺めていた。
清佳が紙の一箇所を指しながら何かを話しており、匠哉は真剣な表情で頷きながら、ときおりスマホにメモまで取っていた。
その光景を見た瞬間、私は思わず自分の下腹部に手を当てていた。
胸の奥がじんと熱くなり、目頭がつんと痛んだ。
これ以上、二人の世界を目の前で見せつけられるのは耐えられそうにない。
私はそっと背を向けて、その場を離れようとした。しかし、匠哉が顔を上げ、私の姿に気づいてしまった。
彼は立ち上がり、眉をひそめながら言った。
「つけてきたのか?」
言葉を返す前に、清佳が袖を控えめに引っ張り、不安そうに彼を見つめた。
「聞月は、何か誤解してるのかも。私からちゃんと話してくるね。ご夫婦の関係に波風立てたくないの」
そう言って席を立とうとする彼女を、匠哉がすぐに座らせ、動かないように制した。
「お前は妊婦なんだから、じっとしてろ。聞月のことは俺が話す」
もう、うんざりだった。
私は無言でその場を去ろうとしたが、匠哉が突然手首を掴んで引き止めてきた。
勢いで足がもつれて、危うく転びかける。
体勢を立て直して顔を上げると、そこには怒りをあらわにした彼の顔があった。
「聞月、昨日あれだけ話したのに、まだ分かってないのか?まさか病院まで追いかけてくるなんて!」
私は手を振りほどいた。手首には赤く腫れた痕が残っている。
「悪いけど、あなたたちを尾行してる暇なんてないの。思い上がらないで」
匠哉は明らかに信じていない表情でにらみつけてくる。
「じゃあ、なんで病院に?」
私は黙って支払い済みの診察票を差し出し、冷静に答えた。
「診てもらいに来たの。体調悪くてね」
「体調って、なんで俺は知らないんだよ?」
そう言って、匠哉が私の紙を奪おうと手を伸ばしたとき——
清佳が突然泣きそうな顔で私の手を握ってきた。
「聞月、ごめんなさい。悠真が亡くなってから、一人で生きていくのが本当に寂しくて。子どもだけでもいてくれたらって、それだけだったの。匠哉には頼りたくなかったけど……あなたたちの関係を壊したくてやったわけじゃないの」
だったら、どうして他の方法を取らなかったのだろう。
国内には精子提供制度がきちんとある。それなのに、よりによって匠哉の精子を選んだ。
「匠哉」と呼ぶその親しげな声。
目が覚めた途端、今まで見えなかった細部が次々と浮き彫りになってくる。
私はその手を黙って引き抜いた。
だがその瞬間、清佳が小さな悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。
匠哉がすぐさま駆け寄って抱きとめる。焦った様子で彼女を見つめる。
「清佳、大丈夫か!?」
清佳は彼の首にすがりつきながら、潤んだ瞳でこちらを見た。
「大丈夫……でもまさか聞月が……って、驚いちゃって……」
——嘘。
しかし匠哉はその演技にまんまと引っかかり、怒りに震えた声で私を睨みつけた。
「早見聞月(はやみもんげつ)!清佳は妊娠してるんだぞ!?よくもそんなひどいことを……!」
私は冷え切った視線で彼らを見つめた。
「私は、彼女を押してなんかいないわ」
だが、その一言で匠哉の怒りはさらに燃え上がった。
「この目で見たんだよ!?清佳が怪我でもしてたら、お前ただじゃ済まなかったからな!
お前の診察が終わるの待って一緒に帰ろうと思ってたけど、もういい。一人で帰れ。俺は清佳を送っていく」
そう言って、彼は清佳をそっと抱えながら歩き出した。
その背中に向かって、私は静かに声をかけた。
「匠哉。もし、私も妊娠していて、今日ここに来たのが中絶手術のためだったら——
それでも、あなたは清佳のもとに行くの?」
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