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隠れ妻の座はもういらない第2話

この話は約2018字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

修一はまるで質の悪い冗談でも聞いたかのように鼻で笑った。

「お前、ふざけてるのか?」

私は首を横に振った。

彼は唇を固く結び、すっと表情を冷たくした。彼が怒りを露わにする時のサインだ。

「たかが美波のスリッパ一足のことでか?」

私は唇を動かし、違うと言い返したかった。

だが、ふと気づいた。

私が耐え忍んできた3年、1000日以上も味わってきた惨めさを、彼は見ていない。いや、見ようとしていないのだと。

ならば、言っても言わなくても同じことではないか。

私は伏し目がちになり、初めて彼を無視して、自分の部屋に戻ろうと踵を返した。

だが、手首を力任せに掴み止められた。

「待てよ!」

修一は苛立たしげにリビングを指差した。「これ、片付けないつもりか?」

彼が指し示す方へ視線をやる。

照明の光に照らされた彼の指先が、やけに眩しく目に刺さった。

薬指にあるはずの結婚指輪は、とうの昔に消え失せている。

指輪の跡すら、微塵も残っていない。

結婚した翌日に彼は指輪を外してしまい、当時の私は少し悲しい思いをしたものだ。

彼は私の耳元に顔を寄せ、甘い息を吹きかけながら笑って慰めてくれた。「午後から授業があるんだ。辛い思いをさせてるのは分かってる。後で全部埋め合わせるから、な?」

彼の言葉はひどく甘く響いた。

けれど、その指輪が再び彼の指に戻ることはなかった。

時には、そのことで文句を言ったこともある。

すると彼は決まって、物分かりの悪い子供を見るような目で私を見下ろした。

「咲希、俺は准教授になったばかりで、大学の幹部たちからも期待されてるんだ。今は波風を立てるわけにはいかない。些細なことほど慎重にしておかないと駄目なんだよ」

あの頃の私は、本当に愚かで純粋だった。

彼の言葉なら何でも信じた。

思いもしなかったのだ。あの指輪が、私やこの結婚と同じように、彼の目にはどうでもいい「些細なこと」でしかないなんて。

美波が腹痛を訴えることよりも。

彼女がホームシックでご飯が喉を通らないことよりも。

彼女が奨学金をもらえなくて落ち込み、彼が直接慰めに行かなければならないことよりも、価値がないのだ。

そんな過去を思い返し、再び目の前の惨状に目を向ける。

私はふいに、声を上げて笑ってしまった。

テーブルクロスには茶色い油汚れがべったりと広がり、皿の上の豚の角煮はとうに蝋のように白く固まり、冷たい蛍光灯の下でただただ吐き気を催すだけ。

まるで、私と修一の結婚のようだ。

外見は華やかに繕っていても、実際はとっくに穴だらけなのだ。

私が買い出しに2時間かけ、キッチンで3時間立ちっぱなしで働き、さらにはマンションの階下で何時間も待たされていたことなど、彼は知りもしない。

私がお腹を空かせていないか、疲れていないか、寒くないかなんて、聞きもしない。

頭にあるのは、私に掃除をさせることだけ。

まるで私が本当に、都合よく呼びつけられては追い払われるだけのお手伝いさんであるかのように。

食べ散らかされた冷え切った残飯に、私の寂しげな笑い声が重なり、ひときわ痛々しさを際立たせる。

修一は何も言わず、ただ手を伸ばして私の額に触れ、それから口を開いた。

「お前、一体どうしたんだ?なんだってそんなに神経質になってるんだよ」

私はその手を振り払い、初めて彼を拒絶した。

「疲れたから、休むわ。食べた本人が片付けて。嫌なら、家政婦でも呼べばいいわ」

そう言い捨てて、私はくるりと背を向けた。

「おい……急にヒステリーでも起こしてんのかよ?なんでそんなに訳が分からないんだよ」

聞き慣れた非難の言葉を背に浴びながら、私は以前のように慌てふためき、どう弁解しようかと悩むことはなかった。

振り返ることすらせず、私はそのままバスルームへと足を踏み入れた。

熱いシャワーが毛穴の隅々にまで染み渡る。

それでようやく、私は息を吹き返したような気がした。

修一の言う通りだ。身寄りのない孤児が、見知らぬ土地で学生生活を送るのがどれほど心細く過酷か、私には痛いほどよく分かる。

だからこそ、あの時トイレに閉じ込められ、修一に助け出された時、私は彼に好意を抱いたのだ。

当時の彼は、大学に来たばかりの助手だった。

年齢も若く、物腰が柔らかで、私と目が合うだけで顔を赤らめるような人だった。

彼に助けられることが重なるうち、私たちは自然と惹かれ合い、人目を忍んで付き合い始めた。

そして大学卒業と同時に、婚姻届を提出した。

あの頃の彼は、夜の山頂で自分自身が寒さに震えながらも、コートを広げて私ごとぎゅっと抱きしめてくれたものだ。

「咲希、俺と結婚してくれ。毎日、家に帰ればお前がいる生活がしたいんだ。お前が俺のために灯してくれる、あのあたたかいオレンジ色の明かりが見たい」

耳元でシャワーの音が響き続ける。

鏡に重なり合った生々しい手形が視界を掠めた瞬間、私はハッと我に返った。

スマートフォンを手に取り、鏡の中の自分を見つめながら通話口へ告げた。「先輩、離婚協議書の作成をお願いします」

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