金目当てとされた妻、7年遅れで悔やむ夫第3話
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控え室が、一瞬だけ静まり返る。
明紗はすぐに私の手を踏んでいた足を引っ込め、目を潤ませながら朔也の胸に飛び込む。
「朔也、郁実さんを責めないで。
彼女はただ、私と朔也の関係を誤解して、嫌がらせをするために来ただけなの」
朔也は明紗を支え、その赤く腫れた手のひらに目を落とす。
「手、どうした?」
明紗は私が叱られるのを恐れているかのように、慌てて手を背中に隠す。
「なんでもないの。
郁実さんが今すぐお金が必要だって言うから、200万円振り込んだんだけど……
少ないって怒って、あと800万出せって……」
明紗はかわいそうな被害者を装って、唇を噛む。
「今、そんなにお金はないって言ったら、夫を奪った泥棒猫だって罵られて……私に手を出そうとしたの」
たった数言で、明紗はすべての事実をねじ曲げた。
お金を受け取ってもまだ足りないと騒ぎ、嫉妬に狂って撮影現場まで乗り込んできた女に仕立て上げられてしまったのだ。
朔也が冷たい視線を私に向ける。
頬は赤く腫れ上がり、切れた唇の端からは血が流れている。
手はヒールで踏みつけられ、血にまみれている。
朔也にはこのすべてが見えているはずなのに、心配する言葉一つかけてはくれない。
それどころか、自分が着ていたジャケットを脱ぎ、明紗の肩に優しくかける。
「誰でも中へ入れるなと、言ったはずだ」
そばに立つボディガードに向けた言葉だ。
最初から最後まで、朔也が気にかけていたのは、明紗が怖い思いをしていないか、それだけだ。
明紗は朔也の胸に寄りかかり、彼をなだめる。
「もういいよ、あの200万は郁実さんにあげたことにするから。一人で子どもを育てるのも、大変だし」
彼女はわざと、海人の話題を持ち出した。
朔也の表情が冷たくなる。
「何が大変だ?灰原家の屋敷に住んで、灰原家の奥様という肩書きを笠に着て、毎月10万円の生活費をただでもらっている。
それなのに、今度は息子の死をでっち上げて、俺から1000万円を騙し取ろうとしているんだぞ」
彼は私を睨みつけ、鼻で笑った。
「郁実、ずいぶんと欲深くなったな」
私にはもう、怒る気力すら残っていない。
「そのお金は、私が使うためじゃない。病院への支払いがまだ済んでないの。
海人は……本当に死んだわ」
朔也がいきなり私の前に詰め寄り、あごを強くつかむ。
「黙れ!金をせびるために、自分の息子まで死んだことにするのか?それでも母親か?」
つかまれた唇の傷が裂け、流れた血が朔也の指先を赤く染める。
明紗が朔也の袖を引いた。
「朔也、怒らないで。きっとお金に困りすぎて、つい魔が差しただけなのよ」
朔也が明紗を見下ろすと、その眼差しはすぐに柔らかくなる。
「魔が差したんじゃない。こいつは最初から最後まで、金目当てだ」
彼は振り返り、ボディガードに冷酷に命じた。
「こいつに振り込んだ200万を取り返せ。今後、1円たりとも渡すな」
彼の袖を必死につかんでいる私を見下ろし、朔也の顔に、さらに嫌悪の色が浮かぶ。
「郁実、その強欲な顔を見るだけで吐き気がする。つまみ出せ」
ボディガードに腕をつかまれ、私はそのまま出入り口へ引きずられていく。
石段の角に膝を強く打ちつけ、たちまち血がズボンに滲んだ。
そのとき、スマホが鳴る。
明紗から振り込まれた200万円が、すでに返金されていた。
雨の中に倒れ込み、再びゼロになった残高を見つめる。
もはや、涙すら出てこない。
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