金目当てとされた妻、7年遅れで悔やむ夫第1話
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灰原朔也(はいばら さくや)が起業に失敗したとき、私・立花郁実(たちばな いくみ)は自分から別れを切り出した。
彼の母親に、「朔也の前から消えてくれたら、あの子を家に戻して、跡を継がせるわ」と言われたからだ。
私は朔也の前から姿を消した。その後、自分が妊娠していることに気づいた。誰にも頼らず、一人で子どもを産んだ。
5年後、朔也は灰原グループの社長として名を馳せていた。
そんなある日、彼は突然私の前に現れた。そして、私と息子・灰原海人(はいばら かいと)をそのまま灰原家へ連れ帰り、その日のうちに私と結婚した。
けれど新婚初夜、朔也は私のあごを乱暴につかみ、嫌悪に満ちた目で私を見つめる。
「金がなくなった途端に俺を捨てたくせに、今度はどこの馬の骨ともわからないガキまで連れてきたのか。俺を騙して、金をせびるつもりか?」
DNA鑑定を3回繰り返し、ようやく海人が自分の息子だと認めた。
それでも朔也は、私が海人を産んだのは、彼が再起する日を待つためだったと思い込んでいた。
グラスを揺らしながら、冷たい笑みを浮かべる。
「今日から、俺の金に手を出すな。1円たりとも使わせない」
そう言って、私に雑巾を投げつける。
「金が欲しいなら、働け」
それからの私は、灰原家の家事をすべて一人で引き受けた。その代わりに与えられるのは、月10万円の生活費だけだった。
一方、朔也の周りには次から次へと新しい女が現れ、彼はその女たちに惜しげもなく大金を使っていた。
それなのに、私だけは海人の薬を買うのすら、朔也に許可を取らなければならなかった。
海人が急に倒れた夜、病院から手術費の支払いを催促された。
朔也に何度も電話をかけたが、最後まで出ることはなかった。
その夜、朔也は今をときめく若手女優・結城明紗(ゆうき めいさ)とレッドカーペットを歩き、彼女のために2億円ほどのダイヤモンドのブレスレットを競り落としていた。
午前3時、海人は息を引き取った。
夜が明け、ようやく朔也が病院に駆けつけた。
私は結婚指輪を外し、離婚協議書と一緒に、朔也の前へ静かに置く。
朔也は誰もいなくなったベッドを一瞥しただけで、面倒くさそうに眉をひそめた。
「郁実、もういい加減にしろ。また金を騙し取って逃げるつもりか?
金目当てのお前が、灰原家の財産や地位を手放せるわけがないだろ」
朔也をまっすぐ見つめ、ふっと笑った。
「すぐに分かるわ。
私は海人と一緒に、あんたが二度と手の届かない場所へ行くの」
* * *
病院から支払いの請求書を渡されたとき、海人の体はすでに冷たくなっていた。
1000万円。
救命措置や手術、それまでの治療で滞納していた費用を合わせた金額だ。
「至急お支払いを済ませてください。遺体の搬送にもご家族の署名が必要になります」と、看護師が声を落として告げる。
私は請求書をじっと見つめていた。そこに印字された数字が次第にぼやけていき、そこでようやく、自分がまた泣いていることに気づく。
朔也に電話をかけたが、すでに着信拒否されていた。
代わりに秘書から電話がかかってくる。その口調は、いつもと変わらず丁寧だ。
「奥様、社長は今、取り込み中です」
「1000万円だけでいいから……」
声はかすれている。
「海人が……亡くなったって伝えて。これから葬儀の手配をしなきゃいけないの」
電話の向こうが、しばらく沈黙する。
「奥様、社長は、もう騙されないとおっしゃっています」
スマホを強く握りしめる。
2年前、確かに私は朔也を騙した。
あのとき、海人は初めての心臓手術を終えたばかりだった。
私は1か月、つきっきりで世話をしていた。それなのに、朔也は一度も病院に顔を出さなかった。
灰原家に閉じ込められた生活にも、海人が何度も「どうしてパパは僕のことが嫌いなの?」と尋ねてくることにも、もう耐えられなかった。
だから私は朔也に、海人を連れて病院へ検査に行くと嘘をついた。
本当は、その時点ですでに南の街へ向かう切符を2枚用意していた。私たちのことを誰も知らない遠くの街で、人生をやり直したかった。
しかし、発車の10分前、朔也が部下を連れて駅のホームに現れた。
彼は海人の目の前で切符を引き裂き、私を無理やり灰原家へ連れ戻した。
それから私は、1か月もの間、監禁された。
スマホも、パスポートも、キャッシュカードも、すべて取り上げられた。
朔也は部屋の外に立ち、冷たい声で言った。
「また海人を連れて逃げようとしたら、一生この家から出られると思うな」
あのとき、私は確かに嘘をついた。
だから今、私が何を言おうと、朔也は信じない。
「それに、坊ちゃんの死を口実にして騙そうとするなら、本気で怒るともおっしゃっています」
秘書の声に、現実へ引き戻される。
白い布がかけられた小さなベッドを見た。
海人は静かに横たわっている。
手首には、入院中につけていたリストバンドがまだつけられている。
海人は寒がりだった。
今は私の上着をかけてやっても、もう私の胸に潜り込んでくることはない。
「嘘じゃない。海人は本当に病院にいるの」
秘書がため息をつく。
「奥様、2年前も同じことをおっしゃいました。社長は、奥様が坊ちゃんを目の前に連れてこない限り、1円も出さないと……」
私はそれ以上、何も言わなかった。
看護師が遺体搬送に必要な書類を持ってきて、親族の情報を記入するよう促す。
父親の欄を前に、長いことペンを止めていた。それでも最後には、朔也の名前を書き込んだ。
海人は最期まで、父親が自分のもとへ来てくれることを願っていた。
勝手に、海人から父親の存在を奪うことはできない。
しかし、署名を終えて銀行口座の残高を確認すると、キャッシュカードがすでに利用停止になっていることに気づいた。
画面に表示された利用可能残高は、ゼロだ。
朔也は、毎月10万円の生活費すら止めたのだ。
病院の廊下は静まり返っている。
壁に手をついて立ち上がると、目の前が急に真っ暗になる。
看護師が慌てて私の体を支えた。
「まだ熱があるんです。先に点滴を受けましょう」
「いいえ……」
「このままでは体がもちません」
私は、ベッドに横たわる海人を見つめる。
「この子をここに置いていけない。先に連れて帰らないと」
再びスマホを手に取り、朔也の秘書に尋ねる。
「朔也は今どこにいるの?」
「撮影スタジオです」
秘書は少し言いよどんでから、付け加える。
「社長は今、結城さんの撮影に付き添っています。それから、奥様と坊ちゃんのことで、自分の邪魔をするなと指示されています」
静かに電話を切り、海人にかけた上着をそっと整える。
「待っててね。今度は、ママも一緒に行くから」
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