金木犀の香る町で、さよならを第1話
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桐谷彰良(きりたに あきら)を庇ったせいで、私は拉致犯に殴られ脳出血を起こした。それ以来、私の精神年齢は十三歳で止まってしまった。
彰良は罪悪感を抱き、「雨音(あまね)、俺が一生君を守る」と誓った。
彰良はそれを実行した。
私が大人になるまで守り抜き、火事の時には私を救うために背中全体に重度の火傷を負ってでも、私を守り通した。
彼の義妹が家に帰ってくるまでは。あの日、彼は言った。「美桜は知能が低い人間が嫌いなんだ。君は隣の家に移ってくれ」
難産で産んだ息子である桐谷悠斗(きりたに ゆうと)までもが、私をひどく嫌悪した。
「この大バカ!パパと僕に恥をかかせるだけだ。綺麗で賢い美桜おばさんとは大違いだ。お前さえいなければ、美桜おばさんが僕のママになれたのに!お前なんか死んじゃえ!」
挙句の果てに、悠斗は桐谷美桜(きりたに みお)を庇って私を突き飛ばし、私はトラックに轢かれ、体はバラバラになった。
再び目を開けた時、私は彰良がプロポーズしてきた、あの日に戻っていた。
今度の人生では、彰良の憐れみはいらない。
ましてや彼との結婚など。
* * *
桐谷彰良(きりたに あきら)を庇ったせいで、私は拉致犯に殴られ脳出血を起こした。それ以来、私の精神年齢は十三歳で止まってしまった。
彰良は罪悪感を抱き、「雨音(あまね)、俺が一生君を守る」と誓った。
彰良はそれを実行した。
私が大人になるまで守り抜き、火事の時には、背中全体に重度の火傷を負うことになっても、私を救い、守り通した。
彼の義妹が家に帰ってくるまでは。あの日、彼は言った。「美桜は頭の良くない人が苦手なんだ。君は隣の家に移ってくれ」
難産で産んだ息子である桐谷悠斗(きりたに ゆうと)までもが、私をひどく嫌悪した。
「この大バカ!パパと僕に恥をかかせるだけだ。綺麗で賢い美桜おばさんとは大違いだ。お前さえいなければ、美桜おばさんが僕のママになれたのに!お前なんか死んじゃえ!」
挙句の果てに、悠斗は桐谷美桜(きりたに みお)を庇って私を突き飛ばし、私はトラックに轢かれ、体はバラバラになった。
再び目を開けた時、私は、彰良がプロポーズしてきたあの日に戻っていた。
今度の人生では、彰良の憐れみはいらない。
ましてや彼との結婚など。
彰良が私の目の前で片膝をつき、ダイヤモンドの指輪を差し出していた。
「雨音、俺と結婚してほしい。いいかな?」
周囲の視線が私に集まった。その囁き声はまるで鬱陶しい羽虫の群れのように、耳障りにざわついていた。
「見ろよ、あのバカ娘。結婚の意味なんて分かってるのかね?」
「桐谷さんもどうかしてる。あんなお荷物を本気で娶るつもりか」
「命の恩人なんだ、仕方ないだろ。お前だって同じ立場なら、求婚するしかないさ」
以前の私は彼らの言葉の意味は分からなくても、その悪意だけは感じ取って、必死に彰良の後ろに隠れることしかできなかった。
でも今なら、その意味がはっきりと分かってしまう―
彼らは私が彰良に相応しくないと思っている。そして、彰良自身も、私を愛などしていないと。
ふと、前世のことを思い出した。彰良は火の海から私を庇って飛び出した。
彰良の皮膚が服に焼け付き、激痛に全身を震わせているのに、それでも私の頭を撫でて「雨音、怖くないよ」と言ってくれた。
私が出産の痛みにのたうち回っていた時、彰良は充血した目で私の耳元で叫んだ。
「雨音、頑張れ!俺たちの赤ちゃんが待ってるぞ。俺も待ってる!」
悠斗の柔らかな小さな体を腕に抱き、彰良は目を細めながら教えた。
「ママって呼ぶんだ。ママだよ」
日々はとても満ち足りていた。そう、美桜が帰ってくるまでは。
美桜は綺麗なワンピースを身に纏い、笑顔で彰良の腕に絡みつき、彼の名前を甘い声で呼んだ。
彰良の帰宅時間はどんどん遅くなり、その体からはいつも美桜の香水の匂いがした。
彼はもう私の辿々しい話を辛抱強く聞いてはくれなくなった。
悠斗が描いた絵を見せても、彰良はただ気のない様子で私の頭を撫でるだけ。
悠斗は成長するにつれ、私を見る目が依存から嫌悪に変わっていった。
悠斗は私が心を込めて準備したケーキを叩き落とし、獣のように叫んだ。
「学校に迎えに来るな!クラスの奴らに『お前のママ、馬鹿なんだろ』って言われるんだ!もう僕に恥をかかせないでよ!美桜おばさんみたいな人が僕のママだったらよかったんだ!」
そして最後、悠斗は私を力いっぱい道路の真ん中へと突き飛ばした。「死んでよ!パパを美桜おばさんに返して!」
私が息を引き取る間際に見えたのは彰良の悲しみと安堵の入り混じった眼差しだった。
「雨音。君への恩はこの十五年で返した。君が死んだんだ、もう……俺を解放してくれ。俺と美桜が結ばれるのを許してくれよ」
「馬鹿」と「健常者」はやはり一緒にはいられないのだと思い知った。
思い出が煙のように霧散し、心がきゅっと締め付けられ、鋭い痛みが走った。
私は俯き、跪いてプロポーズしている彰良を見つめた。
「いや。結婚しない」
彰良は一瞬きょとんとしたが、すぐに仕方なさそうに、人には気付かれぬほど微かに気のない苦笑を浮かべた。
「雨音、機嫌を損ねないでくれ。この後、大事な仕事仲間を空港に迎えに行かなければならないんだ。
プロポーズを受けてくれたら、君が一番好きなミルクキャンディを箱ごとアシスタントに買ってこさせるから。それでいいだろう?」
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