過ぎ行く風は心を知らず第2話
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映夏ほどの万能秘書にとって、退職や転職はすぐにできるものではなかった。
彼女は電話の相手と大まかな話を終えると、疲れ切った体を引きずりながら自宅へ戻った。
翌日、二日酔いの頭痛はまだ鋭く残り、まるで頭の中に時限爆弾が仕掛けられているかのようだった。
社長室の前にたどり着いたとき、映夏は自分の席に見知らぬ……けれどどこか見覚えのある……女性が座っているのを目にした。
その瞬間、頭の中の爆弾が爆発し、思わず眉をひそめる。
女は落ち着いた声で口を開いた。
「あなたが星乃さん?私は蘇我萌々香。
ごめんね、帰国したばかりでまだ仕事を見つけていなくて。尋之が会社で先に慣れてみろって言って、直接指導してくれてるって。ここに座っても大丈夫だよね?」
秘書課の席にはそれぞれ意味があった。映夏は社長の秘書として、社長室に一番近い席に座っている。その後ろに他の秘書や助手が並ぶのが決まりだった。
萌々香はいきなりその席を占拠し、しかも正面から挑むように声をかけてきた。
周囲の視線が一斉に集まり、あちこちから小さな息を呑む音が漏れる。
無理もない。
朝から皆が目撃していたのだ。社長が萌々香を伴って現れ、前例のないほどの優しさを見せたことを。その光景に多くの社員が目を丸くした。
席を奪われた映夏の胸は穏やかではなかった。
だが、すでに辞める覚悟を決めている以上、こんなことで争うつもりはなかった。
しばしの沈黙ののち、彼女はただ小さく答える。
「お好きにどうぞ」
萌々香はすぐに微笑み、その視線は意味ありげだった。
「新人として、今夜みんなにご馳走したいの。星乃さんも来てくれる?」
頭痛に苦しむ映夏は、考える間もなく首を振った。
「私は……遠慮します」
「遠慮って?何のことだ」
ちょうどその時、尋之が社長室から出てきた。
彼は萌々香が座っている席を一瞥し、視線を移して映夏を見た。
いつも仕事では毅然とした映夏も瞳を伏せ、精緻な化粧が仮面のように感情を覆い隠していた。
萌々香は尋之の袖を引き、甘えるように声を震わせる。
「私、来たばかりだからみんなに食事をご馳走したいのに……星乃さんは乗り気じゃないみたい」
それを聞いた尋之は、すぐに冷たく有無を言わせぬ口調で告げた。
「全員参加だ。支払いは俺がする」
反論の余地もなく、映夏はただ頷くしかなかった。
言葉では「尋之の奢り」とされたが、実際には……店の選定も予約も、秘書課の同僚の移動手配も、すべて映夏の役目だった。
最後には彼女自らが尋之のマイバッハを運転し、後部座席に尋之と萌々香を乗せてレストランへ向かったのだ。
一日中続いた頭痛は、二人の楽しげな談笑を聞くにつれ、さらに酷くなっていった。
夕暮れ、小雨が降り始める。
萌々香は雨に目を向け、耳元で揺れる真珠のイヤリングをそっと撫でながら、懐かしむように言った。
「尋之、覚えてる?あの時も小雨で、あなたがくれたイヤリングを落としてしまって……私たち雨の中を三十分も探したわよね。あなた、マンホールの蓋まで開けようとしてたんだから」
いつも冷ややかな尋之の唇に、珍しく柔らかな笑みが浮かぶ。
「覚えてるよ。今日つけてるのも、あのイヤリングだろ」
後部座席の二人は過去の思い出に浸り、その細やかな記憶を分かち合っていた。
その間、映夏は一言も口を挟まなかった。
レストランに到着すると、尋之は先に降り、傘を広げてから萌々香のドアを開けた。
映夏はただ一人、黙って後ろを歩いた。
その時、甲高い声が響いた。
「尋之!イヤリング、なくなってる!」
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