通りすがりのさよなら第2話
この話は約1542字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
正直、スマホのリマインダーが鳴らなかったら、すっかり忘れてた。
湊は支社長になってから、毎年、誕生日はほとんど会社で過ごしてた。
去年の今日のこと。私は張り切ってキャンドルディナーを用意したけど、湊には何度電話してもつながらなかった。
いてもたってもいられなくて会社まで探しに行ったら、ちょうど直美たちが、湊の誕生日を祝っているところだった。
直美は、わざわざ選んだっていうネクタイを湊にプレゼントしてた。親しそうに結んであげようとして、湊もされるがままに屈んでた。
オフィスの中は和やかで、テーブルには食べかけの料理が並んでいる。そんな光景をドアの外から見てる自分が、なんだかすごく惨めだった。
それで湊と大喧嘩になった。結局、彼は家に帰らずに会社に泊まった。
そんなことを思い出して、私はわざと素っ気なく言った。
「覚えてない」
湊は何か言いたそうに私を引き留めようとしたけど、それを振り切って、先に車を降りて家に入った。
その夜中、階下から聞こえる物音で目が覚めた。そっと部屋のドアを開けると、直美のすすり泣く声が聞こえてきた。
「社長、どうしてずっと私を避けてるんですか?
もし、奥さんが……私のことを誤解してるなら、私、ちゃんと説明しますから!
それとも……最近、父の会社からの発注が少ないからですか?だとしたら、私が父に言ってきます!ちゃんと言いますから!」
湊の声は、どこか直美をいたわるような響きがあった。
「そんなことないよ、直美。お前はよくやってくれてる」
「じゃあ、どうして……どうしてわざと私と距離を置くんですか?直々に指導してくれたプロジェクトまで、他の人に任せたりして……」
湊の返事が聞こえなかったので、私は気になって階段を少しだけ降りてみた。
すると、直美が湊の胸に顔をうずめて、悲しそうに泣いているのが見えた。
湊と目が合った瞬間、彼はやましいことでもあるみたいに、慌てて直美を突き放した。直美も、急いで手の甲で涙をぬぐっていた。
「優香、違うんだ!お前が思ってるようなことは何もない!彼女とは何でもないんだ……」
私は顔色一つ変えずにくるっと背を向けて、階段を上がろうとした。
「信じてるよ。私は部屋に戻るから、お二人でごゆっくり」
私の意外な反応に、直美は信じられないって顔で湊を振り返った。
私はそのまま部屋に戻った。でも、すぐにドアをノックする音がした。
「優香、ちょっと話そう」
湊の声は、なんだか疲れて聞こえた。ドアは開けたけど、部屋には入れなかった。
「話って何?ここで聞くよ」
湊は一瞬きょとんとして、驚いた目で私を見た。
「陣内さんのことなら、話す必要はないと思うけど。
わかるよ。大事な取引先の娘さんなんでしょ。それに、仕事のできる部下でもあるんだから、他の人より気にかけるのは当然じゃない」
湊は私の顔をじっと見つめてた。私の本心を探ろうとしてるみたいだったけど、無駄だったみたい。
そのとき、電話の着信音が鳴って、気まずい沈黙が破られた。湊のスマホの画面をのぞき込むと、相手は直美だった。
私が部屋に戻ろうとすると、湊は腕をつかんで引き止めて、スピーカーモードにして電話に出た。
「社……社長、家の近くにいるんですけど、誰かにつけられてるみたいで……お願い、来てもらえませんか……」
直美の声は必死で、すごく怯えているのが伝わってきた。
「落ち着いて。警察には電話した?すぐにお前のお父さんに連絡するから」
電話を切ると、湊はすぐに暁に電話して、事情を簡単に説明した。
「あなたが行ってあげなくていいの?」
「いや、いいんだ。あの子のお父さんがなんとかしてくれるだろ」
私は小さくうなずくと、ドアを閉めて部屋に戻った。
しばらくして、外で車のエンジンがかかる音がした。やっぱり、湊は直美のところへ行ったんだ。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)