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通りすがりのさよなら第1話

この話は約1920字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

小山湊(こやま みなと)の車の後部座席に、白いストッキングが落ちていた。それは、彼の部下の陣内直美(じんない なおみ)のものだと、すぐにわかった。

湊がバックミラー越しに、ちらりと私のことを見た。

「昨日はどしゃ降りだっただろ。残業してた部下を二人、家まで送ったんだ。二人とも全身ずぶぬれで、だから……」

「信じてるよ」

私は湊の言葉をさえぎった。

この色のストッキングは、直美のお気に入りだ。

直美と湊があまりに親密なせいで、私はこれまで何度も泣いて、ケンカをくり返してきた。ついには、「死ぬ」とまで言って、彼を追い詰めたこともある。

最終的に湊が折れてくれて、両家の親の前で誓ったのだ。もう二度と、直美とは個人的に会わない、と。

* * *

小山湊(こやま みなと)の車の後部座席に、白いストッキングが落ちていた。それは、彼の部下の陣内直美(じんない なおみ)のものだと、すぐにわかった。

湊がバックミラー越しに、ちらりと私のことを見た。

「昨日はどしゃ降りだっただろ。残業してた部下を二人、家まで送ったんだ。二人とも全身ずぶぬれで、だから……」

「信じてるよ」

私は湊の言葉をさえぎった。

この色のストッキングは、直美のお気に入りだ。

直美と湊があまりに親密なせいで、私はこれまで何度も泣いて、ケンカをくり返してきた。ついには、「死ぬ」とまで言って、彼を追い詰めたこともある。

最終的に湊が折れてくれて、両家の親の前で誓ったのだ。もう二度と、直美とは個人的に会わない、と。

私は窓の外に目を向けた。でも、湊がバックミラー越しに、何度も私の反応をうかがっているのが分かった。

しばらくして、彼がおそるおそる口を開く。

「本当に、大丈夫か?」

この人にもう少しだけ気にかけてほしくて、昔はあんなに頑張ったのに。

でも今は、彼のうわべだけの心配が、馬鹿らしくて仕方がなかった。

……

私は静かに首を横に振って、そっと目を閉じた。

車がゆっくりと止まると、湊は我慢できないといった様子で振り返った。その瞳には、私の知らない感情が浮かんでいる。

「どうして何も聞かないんだ?」

私は彼に視線を上げた。

「信じてほしいって、いつも言ってたのはあなたでしょ?」

湊は眉をひそめ、疲れたような声で言った。

「昨日送ったのは直美だけじゃない。それにすごい豪雨だったんだぞ。女の子二人だったんだし、少しは……」

彼はそこまでしか言わなかった。でも、自分の立場を理解してほしい、と言いたいのは分かっている。

「直美とは、もうできるだけ距離を置いてる。

仕事の話以外では、ほとんど関わりはないんだ。知ってるだろ、直美のお父さんは、うちの会社の大事な取引先なんだ。

だから、関係をこじらせるわけにもいかないんだよ」

湊の呆れたような声に、私は思わずフッと笑ってしまった。

「分かるわよ。早くそのストッキング、彼女に返してあげたら?そうしないと、あの親子は心配するんじゃない?」

湊の顔がこわばった。直美は以前、彼女の父親・陣内暁(じんない あきら)を口実に、湊を深夜に呼び出したことがあった。

その時、直美は大事な企画書を間違えて湊のカバンに入れてしまったらしく、夜中に泣きながら電話をかけてきたそうだ。「父が急いで見たいそうですので、家まで届けていただけませんか」と。

不思議なことに、湊が帰ってきた時、なぜか服がびしょ濡れだった。

それについて彼は、直美の家の水道管が壊れたから、ついでに直してあげただけだと、あっさり言った。

私は胸の不安を必死に抑えつけて、湊のすることは全部仕事のためなんだと、自分に言い聞かせた。

でもその数日後、湊がお風呂に入っている時、彼のスマホに直美からのメッセージが届いたのが、偶然見えてしまった。

【社長、この間はプールに飛び込んで助けてくれてありがとうございました。でも私、ほんとは泳ぐの得意なんですよ。あの日はたまたま足がつっちゃっただけです。見くびらないでくださいね】

次のメッセージは、セクシーな水着姿の直美が、プールで楽しそうに泳いでいる動画だった。

私は怒りで全身が震えた。そしてその時、初めて直美のことで湊と激しく言い争った。

湊は私の向かいに座り、ヒステリックに叫びた。

「優香(ゆうか)!俺やまわりの人間が、お前みたいに恋愛のことしか頭にないと思うな!

直美は有名大学を出てて、仕事もできるし、気も利く。見ている世界が、お前とは違うんだ!」

私はまるで氷水に突き落とされたかのようだった。湊はもう、一言も説明しようとしなかった。

はっと我に返ると、湊が運転席から出て、私の隣に座っていた。

彼は私の手を握った。その声は少し震えていて、どこか期待しているようでもある。

「優香、覚えてるか?今日が、俺の誕生日だってこと」

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