迷子のツバメは帰れない第3話
この話は約2049字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「どうして俺を拾ったのが、よりによって目の見えない子だったんだろうな」
どうしてだろう。
馬鹿だなあ。
それなら、どうしてまだ私のことを放っておかないの。
私はとうとう堪えきれなくなり、声を上げて泣いた。
「そうだよ、私は馬鹿じゃない!だったら行ってよ。あなたに面倒を見てもらいたくなんかない!」
五歳のとき、父と母は離婚でもめていた。二人は毎日、私を引き取りたくないと言って喧嘩ばかりしていた。
私が高熱で視力を失ったことにさえ、気づかなかった。
誰にも望まれない子どもは、目さえ守れないのだと、私は悲しく思った。
だから雪の中で、捨てられていた澄也を見つけたとき、すぐに胸が痛んだ。
この世界に、目まで失ってしまう子どもが、もう一人増えなくてもいい。
澄也は力なく私の手を握った。
「もういい。俺が悪かった。そんな意地を張るな。放っておいて、お前を車にはねさせるわけにいかないだろ」
彼は私の手を引いて家へ戻った。
それから白杖の練習のことは、二度と口にしなかった。ただ日に日に、書斎にあるものを見つめては黙り込むようになった。
私は部屋にこもり、電話をかけた。相手は私だと分かった途端、声を荒らげた。
「まだ私に何の用?もうあなたを育てる義務なんてないのよ」
鼻の奥がつんと痛んだ。私は小さく鼻をすすった。
「お母さん、養ってほしいわけじゃないの。ただ、私を引き取って、一緒に暮らすふりをしてくれない?」
絶対にすがったりしないと何度も約束して、ようやく母は、親子だった情に免じて、妹のサマーキャンプが終わったら迎えに行くと言ってくれた。
電話を切ったあと、私は笑った。
よかった。
お母さんには、もう新しい子どもがそばにいる。
澄也も、私という足手まといを捨てられる。
澄也の部屋のドアをノックすると、中で彼が慌てて何かを片づける音がした。
「何の用だ。また何か見つからないのか」
私は一瞬、言葉に詰まった。それでも、おどけるように笑ってみせた。
「澄也、お母さんから連絡があったの。今は幸せに暮らしているけど、私のことをずっと申し訳なく思っていたんだって。一緒に暮らしたいって言ってくれて、私、うんって返事したの」
澄也は信じられないというように言った。
「自分が何を言ってるか、分かってるのか?」
私はもう一度繰り返した。
「お母さんと暮らしたい」
澄也は突然、堰を切ったように怒鳴った。
「安奈、あの人に何をされたか忘れたのか。まだ懲りてないのかよ」
忘れるはずがない。
離婚のあと母に引き取られたあの数年間、母はいつも男の人と出かけてばかりいた。
数日帰ってこないこともあり、食費を置いていくことさえ忘れた。
幼かった澄也は、真冬の寒さの中、近所を回って小銭になりそうなものを集め、そのお金で買った菓子パンを、全部私に食べさせてくれた。
まだ子どもだった彼は、空腹でお腹を押さえながら、それでも声を押し殺して私を慰めた。
「大丈夫だよ。ちょっと食べすぎただけだから」
私は、澄也にちゃんと生きてほしくて、あの子を拾った。
なのに彼は、私という目の見えない重荷を背負ったせいで、一日だって楽に暮らせなかった。
私が考えを変えないと、澄也はひどく怒った。それでも、私も譲らなかった。
私は心の中で何度も、馬鹿だなあ、とため息をつき、悦子に電話をかけた。
「お願い。もう一度、彼を説得して……」
悦子から電話がかかってきた日、私はちょうど、医師のため息の中で目の再検査を終えたところだった。
「この目は……森川先生にも手の施しようがないなら、一生このままでしょうね」
澄也は拳を固く握りしめていた。
「安奈、どうしてこんなに駄目なんだ!」
私は申し訳なくて、ただ、ごめんなさい、と言うことしかできなかった。
電話越しの悦子の声は沈んでいた。
「澄也、私は数日後に先生と発つの。ここを離れたら……本当に、もう二度と機会はないわ。
あなたの人生は……本当にこのまま終わってしまう」
澄也は私の目をじっと見つめていた。
次の瞬間、感情がぷつりと切れたように乱れ、書斎へ駆け込むと、何かを持って飛び出していった。
ドアが閉まる音を聞きながら、私は幸せだった。
一日が過ぎても、澄也は帰ってこなかった。
悦子から音声メッセージが届いた。
「譲ってくれてありがとう。やっぱり澄也には絵が向いているわ。先生ともすごく話が弾んでいるの」
私はとても嬉しかった。
けれど丸一日、何も食べていなかったせいで、空腹がつらくなってきた。
今回、出ていくとき、澄也は、私の手が届く場所にお菓子を置いていくことを忘れていた。
音声操作で出前を頼んだ。けれどドアは、外から鍵をかけられていた。
夜になっても澄也は帰ってこなかった。
空っぽの胃がきりきりと痛み、喉の奥まで酸っぱいものがせり上がってきた。
私は手探りで、食べるものを探しにキッチンへ向かった。
けれど、目の見えない人間なんて、やっぱりこんなにも役に立たない。
何を倒したのかも分からないまま、キッチンに火がついた。
慌てて火を消そうとしたけれど、水をかける場所さえ、まともに分からなかった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R95861- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。