迷子のツバメは帰れない第2話
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澄也は長い沈黙の末、かすれた声で答えた。
「どんな時でも、俺たちはいちばんの……親友だ」
悦子は泣きながら走り去った。
「もうあなたには会いに来ない……気持ちが変わったら、それを持って先生のところへ行って」
朦朧とした意識のまま床に倒れていると、ふいに十三歳の頃のことを思い出した。
いじめられて、腫れた顔で視覚特別支援学校から帰ってきた私を見て、澄也は激怒した。あんなに賢い子だったのに、どうしても同じ学校へ転校すると言い張り、私のそばにいてくれた。
外の普通校の勉強に追いつくため、彼は一度もまともに眠れなかった。
十五歳のとき、母が再婚した。
母は私の手を握りしめ、泣きながら言った。
「安奈、新しいお父さんは目の見えない子まで養えないの。お母さん、本当に大変なのよ。分かってくれるわよね?
森川澄也は、もともとあなたのために拾った子なんだから。あの子があなたの面倒を見るべきなのよ」
母はスーツケースを引いて出ていき、古い家と澄也だけが残された。
十八歳になったばかりの澄也は、目の見えない私を抱え込み、無理を重ねて身体を壊していった。
私はいつも泣きながら澄也に訴えた。
もう行って。私のことなんて放っておいて、と。
けれど彼はいつも笑って、私の頭を撫でてくれた。
「泣き虫だな。ほら、下のツバメだって、ちゃんとつがいで飛んでるだろ。どっちか一羽だけじゃ駄目なんだよ」
今、その小さなツバメは疲れてしまった。
だから彼は、一人で飛び立つべきなのだ。
私みたいに誰にも望まれない目の見えない人間は、澄也に手を引かれてここまで生きてこなければ、とっくに死んでいるはずだった。
死ぬなら、澄也の知らない場所がいい。
そうでなければ、彼はきっと自分を責めてしまうから。
……
私は激しく痛む後頭部に手をやり、血をぬぐった。手探りで立ち上がったところで、ドアが開いた。
「どうしたんだ?」
澄也の声はひどくかすれていた。
「なんでこんなに血が出てる」
コメントの列が飛ぶように流れた。
【何言ってるの。あんたが突き飛ばしたんでしょうが!】
私はどうにか笑ってみせた。
「ごめんね。見えないから、うっかりつまずいちゃった」
言い終えた瞬間、私の足元でコップが砕け散った。
「藤原安奈!この家に何年住んでると思ってるんだ。そんな近くの場所も覚えていられないのか!」
彼の荒い息づかいが聞こえた。
私はつらくなって、袖をぎゅっと握りしめた。
「ごめんね、澄也。私が役に立たないから」
澄也は長いあいだしまい込まれていた白杖を引っ張り出すと、私の腕をつかみ、大股で外へ歩き出した。
私はついていけず、何度も階段から落ちそうになった。それでも彼は足を止めなかった。
怖くなって、私は彼にすがった。
「澄也、どこへ行くの?」
澄也が突然立ち止まったせいで、私の鼻は彼の背中にぶつかり、鼻血が出た。
私は慌てて手を伸ばし、めちゃくちゃにぬぐった。そのとき、彼の崩れ落ちるような声が聞こえた。
「安奈!世の中には目の見えない人が大勢いる。みんな白杖を使って普通に暮らしているのに、どうしてお前だけできないんだ!
俺はお前の盲導犬じゃない。一生、お前の犬でいることなんてできない!」
心臓をわしづかみにされたようだった。
澄也に背中を強く押された。風の中から、冷えきった声が届いた。
「今夜、点字ブロックをたどって歩けるようになるまで、家には帰ってくるな」
澄也の声も、匂いも、消えた。
耳に残ったのは、風の音と、車の走る音と、通行人のひそひそ声だけだった。
「目が見えないの?なんで外に出てるんだよ。当たり屋か?」
暗闇と恐怖が、獣の口のように私をのみ込んでいく。
私は白杖を強く握りしめ、叫び出したい衝動をこらえながら、小さな声で澄也の名前を呼んだ。
「澄也、怖いよ」
五、六歳の頃、私はまだ失明したことに慣れず、眠りから覚めて目の前が真っ暗だと、怖くて泣き続けた。
そんなとき澄也は、いつも真っ先に部屋へ来て、私の手を強く握ってくれた。
「ここにいるよ。大丈夫、怖くない」
今、私に返ってくるのは、風の音だけだった。
コメントの列では、相変わらず怒りの声が飛び交っていた。
【信じられない。昔、一生手を引いてやるから白杖なんて覚えなくていいって誓ったの、あいつじゃなかったの?最低!】
私は涙をぬぐった。
違う。
そうじゃない。
私はもう、点字ブロックのたどり方も、白杖の使い方も忘れてしまっていた。
よろめきながら地面を叩く。
私みたいな目の見えない人間がいたら、澄也だって疲れるに決まっている。
私はあてもなく歩き、クラクションの音がいちばん大きく聞こえる場所で足を止めた。
このまま車にはねられたら、澄也はきっと、いちばん自由なツバメになれる。
けれど、予想していた衝撃は来なかった。
私は強い力で、誰かの腕の中へ引き戻された。
澄也の身体がかすかに震えていた。
その声は、絶望しきっていた。
「安奈、お前は目が見えないだけで、馬鹿じゃないだろ。どうして覚えられないんだよ!」
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