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誰も聞かなかった「痛い」、私だけの自由第2話

この話は約2003字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

目を覚ますと、消毒液の匂いがした。頬は腫れ上がり、腰は折れたように痛む。

目を開けた瞬間、瑞歩がベッドのそばに駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん、やっと目を覚ましたのね」

泣き腫らした目は真っ赤で、頬には薄い赤い痕が残っている。

「私、本当に説得したかっただけなのに。どうして私を叩いたの?そのうえ自分で転んで、みんなを怖がらせて」

私は彼女を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。

病室には家族全員が揃っていた。ベッドの足元には両親、窓際には兄が寄りかかり、孝太郎は椅子に腰かけている。

目の下には隈ができ、私を見る目には疲れが滲んでいた。

先に口を開いたのは母だった。

「留佳、瑞歩は心配であなたの様子を見に行っただけなのよ。

腹が立ったからって、手を上げていいわけがないでしょう」

私の喉が、ひりつくほど渇いていた。

「あの子の言うことなら、なんでも信じるのね」

父が眉をひそめる。

「じゃあ聞くが、瑞歩がお前を傷つける理由があるとでもいうのか」

私は兄に視線を向けた。

「防犯カメラの映像を確認して。

廊下にカメラがあるはずよ」

瑞歩の指先がぴくりと強張った。

孝太郎が立ち上がる。

「もう確認するよう頼んである」

30分後、防犯カメラの映像が届いた。はっきりと映っていた。深夜1時過ぎ、瑞歩が私の部屋に入っていく姿が。

私は皆を見回した。

「深夜に私の部屋へ入って、何をしていたのか聞かないの?」

瑞歩は泣きながら首を振る。

「私はただ、お姉ちゃんに謝りたかっただけ……っ」

母はすぐに瑞歩を抱き寄せた。

「瑞歩はもう十分つらい思いをしているのよ」

父はこめかみを揉んだ。

「留佳、いい加減にしろ」

兄は手元のカルテを閉じ、淡々と言った。

「お前は昨夜、明らかに精神状態が不安定だった」

私は兄を見つめた。その口調に迷いの色は一切ない。医者というのは、患者の顔すら見ずに診断を下せるものなのか。

孝太郎がベッドのそばに来て、声を落として言った。

「留佳、結婚式は予定通りに挙げる。

マンションが欲しいなら、君の名義にしてもいい。

これ以上騒がないでくれるなら、なんだって話に応じる」

私は尋ねた。

「孝太郎、そんなもので私を丸め込もうとしてるの?」

彼は一瞬、言葉に詰まった。

瑞歩が突然お腹を押さえ、顔を青ざめさせた。

「お姉ちゃん、孝太郎さんを責めないで。

私たちの子には、何の罪もないの」

病室が一瞬で静まり返った。彼女のお腹に目をやった瞬間、私の顔からも血の気が引く。まるで目の前で扉を閉ざされ、私ひとりだけが外に締め出されたような気がした。

母が慌てて瑞歩を支える。

「瑞歩、お腹が痛いの?」

孝太郎の顔色まで変わった。瑞歩を庇うように前に立ち、私を見る目には警戒の色が浮かんでいる。まるで、次の瞬間にも私が襲いかかるとでもいうように。

私はゆっくりと口を開いた。

「あなたたちの、子?」

瑞歩は唇を噛んだ。

「あっ、わざと隠してたわけじゃないの。私、妊娠して……」

血の味が喉の奥にこみ上げる。慌てて飲み込んだせいで、胸が痺れるように痛んだ。

瑞歩は孝太郎の胸に寄りかかり、小さな声で言った。

「お姉ちゃん、怒らないで」

私は二人を見つめた。長い沈黙のあと、ようやく口にした。

「おめでとう」

母は明らかにほっとした顔をした。

「あなたが分かってくれるならよかった。

瑞歩は今、大事な時期なの。もう刺激を与えないであげて」

孝太郎は私を見つめ、何か言いたげな目をしていた。けれど結局、口にしたのはそれだけだった。

「君は、ゆっくり休んでくれ」

家族は瑞歩を囲むようにして病室を出ていった。あまりにも気遣わしげに、あまりにも優しく。まるで死線をくぐり抜けてきたのが、彼女のほうだとでもいうように。

ドアが閉まると、病室は静寂に包まれた。

私はスマホを手に取り、SNSを開いた。

瑞歩の投稿には祝福のコメントがあふれていた。ピンクの風船がパーティールームいっぱいに飾られている。

中央に座る瑞歩が、お腹にそっと手を添えている。背後に立つ孝太郎の手は、彼女の椅子の背に置かれていた。両親は、柔らかな笑みを浮かべている。

投稿にはこう添えられていた。

【幸せのゴールは、新たなスタート~】

私はその写真を、長い間見つめ続けた。コメント欄は、ふたりへの祝福の言葉で埋め尽くされていた。

大学時代の友人グループを開き、ひと言だけ書き込んだ。

【みんな、知ってたの?】

さっきまで賑やかだったグループが、一瞬で静まり返った。

しばらくして、ひとりの女友達から個人宛てにDMが届いた。

【留佳、ごめん。みんな、あなたも知ってると思ってた】

その文字を見つめていると、涙が画面の上に落ちた。

ウェディングドレスの試着をした日、みんなは私を綺麗だと褒めてくれた。1か月後に式を挙げると話した時には、たくさんの祝福をくれた。

あの時すでに、みんなは全部知っていたのだ。

私は画面を暗くし、ゆっくりと目を閉じた。もう、何も聞きたくなかった。

この家は、もういらない。

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