親友にネクタイを直される婚約者、私にはいらない第2話
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「ネクタイが歪んでるよ」
陽菜の口調と笑みは、昨日のパーティーの時よりもずっと自然だった。
「もう、こっち来て、直してあげる」
その直後、背中を向けていた男が陽菜の前に歩み寄った。
「お前が急に掴むからだろ?危うく転ぶところだったぞ」
私はその場に釘付けになり、足に重りがついたように動けなくなった。
その背中は、見間違えようがない、私の婚約者、竜也だった。
陽菜は竜也の首に手を回し、抱き合っているも同然の距離だった。
彼女が親しげに首をかしげるた瞬間、ちょうど私と目が合った。
一瞬、陽菜の目の奥に浮かぶ笑みがはっきりと見えた。それは挑発ではなく、冷ややかな嘲笑だった。
それはまるで、私の独りよがりをあざ笑うかのように。
そして陽菜は私に今気づいたかのように、わざとらしい声で言った。
「葵、どうしてここにいるの?」
竜也は振り返り、そのままドアを開けた。
陽菜はその横で、無邪気で何一つ後ろめたいことのない顔をしていた。
竜也は説明など何もなく、私が持っているファイルケースに目を向けた。
「早く書類を渡してくれ」
私は無言のまま身動き一つせず、彼の胸元のネクタイをじっと見つめていた。
ネクタイは完璧に整えられていて、昨日見たものとほとんど同じデザインだった。
そこには、まるで陽菜の指の跡でも残っているかのように感じた。
「竜也の資料整理を手伝ってたの、ネクタイが曲がってたから直してあげてただけよ」
まるで今日の天気でも話すように、陽菜はさらっと言ってのけた。
その目の奥に、隠しきれないわずかなバカにしたような色がよぎった。
竜也は書類を受け取ると、「届けてくれて助かった、これ以上遅れたら大変なことになるところだった」と言った。
私は黙って彼の首元に残る口紅の跡を見つめた。
感情を押し殺した声で、自分の首元を指差しながら告げた。「そのままだと、仕事に影響が出るよ」
竜也はハッとして、心当たりがあるのか、気まずそうに自分の首を触りながらスマホを取り出して確認した。
「仕事で立て込んでいて気づかなかった、何かの拍子に触れたんだろう」
図星と言わんばかりだ。
陽菜はすぐにティッシュを差し出し、竜也はそれを当然のように受け取った。
「葵、心配しないで、竜也がミスなんてするはずないわ、仕事に影響なんて出るわけないじゃない」
陽菜の視線がこちらへ向いた。その目には隠す気すらない挑発が浮かんでいた。
「書類、届けたから、先に行くね」
背を向けたとき、後ろから話し声が聞こえたが、その内容を聞き届ける気力は残っていなく、私はそのままホテルを出た。
ホテルを出てすぐ、陽菜からメッセージが入った。
【葵、誤解しないでね、竜也とは本当に何もないの】
私はそれに返信せず、そのまま住まいに戻って荷物をまとめ、南区の邸宅へ向かった。
両親にどう説明すればいいか分からなくて、しばらくここに逃げ込むことにした。
その日の夜中12時近くになると、スマホが鳴り響き始めた。
竜也からだ。何度も着信が続く。
画面に「竜也」の文字が浮かび上がるたびに、押し込めたはずの気持ちがまた揺れた。
通話が自動で切れるギリギリのときに、私は電話に出た。
「もしもし、村田葵さんでしょうか?
石井社長が酔いつぶれていて、ずっとあなたの名前を呼んでいるのですが、迎えに来てくれませんか?」
電話の向こうは騒がしく、バーのような場所にいるようだった。
断る間もなく、相手は電話を切った。
私は眉をひそめながら、もう一度彼の方へかけ直した。
「なんでまだ迎えに来てくれないんだよ、俺を捨てる気なのか?」
竜也がこれほど取り乱しているのを初めて見た。
ため息をつきながらも、結局バーへ向かった。
指定された場所は、騒がしいバーではなく落ち着いた高級ラウンジだった。店内に入り、そっと視線を巡らせると、奥のプライベートルームのドアがわずかに開いていて、その向こうに竜也の姿があった。
テーブルの上には空の瓶がいくつも転がり、顔から首まで真っ赤に染まっていた。
相当飲んだらしく、見るからに苦しそうだった。
歩み寄ろうとした瞬間、竜也の横にもう一人いることに気づいた――陽菜だ。
竜也が彼女にしがみつくように抱きついた。「なんでこんなに遅いんだよ。
ずっと待ってたんだぞ、遅いよ」
子供のように甘えた声と、心を許した相手にしか見せない顔。
私には見せたことのない姿だ。
足が止まり、これ以上、一歩も踏み出せなかった。竜也が呼んでいたのは、私じゃなかった。
そうね、最初からずっと、本気だったのは私だけだったんだ。
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