裏切りの結婚記念日〜私は子を堕ろし、夫を捨てた〜第2話
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私がそう告げると、慧は一瞬言葉を失い、乱暴に髪をかき上げた。苛立ったときに出る、昔からの癖だ。次に口を開いたとき、その声は冷たかった。
「勝手にしろよ。俺なしでどこまでやれるか、せいぜい頑張ってみろ」
慧は玄関のドアを乱暴に閉め、そのまま出ていった。部屋には重い静けさだけが残り、私はその場に崩れ落ちた。一生を共にすると思っていた相手との8年が、こんなにもあっけなく崩れていく。
慧の行動は早かった。タクシーで病院に着いた直後、離婚協議書のPDFがメールで届いた。本文には、ご丁寧にも短いメッセージが添えられていた。
【正直、前からうんざりしてた。さっさと署名して返せ。これでも十分譲ってやってる】
私はこれから、中絶手術を受けるところだった。
「手術を受けるお気持ちに変わりはありませんか」
医師に確認され、スマホを伏せた。やがて意識が遠のき、視界がゆっくり暗くなっていった。
手術のことは、ほとんど覚えていない。目を覚ますと、枕元に高梨理沙(たかなし りさ)が立っていた。大学時代からの親友で、今では業界でも名の知られた弁護士だ。その手には、慧から送られてきた離婚協議書の案があった。
私の顔を見るなり、理沙は声を荒らげた。
「なに、この内容。莉子に不利なことしか書いてないじゃない。こんな一方的な条件をのんで、そのまま離婚するつもり?あんな目に遭わされて、それでも条件なんてどうでもいいから早く終わらせたいって……莉子、正気なの?」
下腹部にはまだ鈍い痛みが残っていた。息を整え、私は何でもないように答える。
「あの人とこれ以上争っても、疲れるだけ。もう終わらせたいの」
理沙は痛ましそうに私を見た。その顔を見ているうちに、以前、胃の手術で入院したときのことを思い出す。あのときも、最初から最後までそばにいてくれたのは理沙だけだった。
慧は朱音と、海外のリゾート地にいた。SNSを開けば、水着姿で寄り添う二人の写真が次々と目に入り、私は病室のベッドで痛みに耐えていた。まるで自分だけが、二人の幸せを遠くから眺める部外者のようだった。
思い返して、ようやく腑に落ちた。私はとっくに、慧の人生から取り残されていたのだ。
頬を伝った涙が、枕に染み込んでいく。もう悔しさでも未練でもない。残っていたのは、絶望だけだった。
理沙は深いため息をついた。
「わかった。できるだけ莉子の望む形になるように動く。でも今は、何より自分の体を大事にして。無理はしないって約束して」
私は小さくうなずき、どうにか笑ってみせた。理沙には、何度助けられたかわからない。家族でもない彼女のほうが、夫の慧よりも、ずっと私のことを思ってくれていた。
スマホを開くと、朱音の新しい投稿が目に入った。
【慧さんが豪華な指輪を買ってくれたの!幸せ!誰かさんの安っぽいやつよりずっとずっと素敵でしょ?】
写真の中の指輪が、やけに眩しく見えた。こみ上げる不快感をこらえ、コメント欄に書き込む。
【よかったね。元気な赤ちゃんが生まれるといいね。二人ともお幸せに】
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