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裏切りの果てに、最高の景色を第2話

この話は約1912字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

翌日、オフィスに着くとすぐに、杏奈から暗号化されたメールが届いた。

【頼まれてたやつよ、自分の目で確かめて。この女、なかなかのタマだわ】

私は添付ファイルを開いた。

そこには、全体公開されている花音のSNSアカウントがあった。

最新の投稿は、一本の製図ペンのアップ写真。

あの書斎から消えた製図ペンだ。

写真はライティングまで計算されており、柔らかな光の中で、開かれた原版の建築デザイン画集が添えられている。

キャプションにはこうあった。【Rさんは、私の天性の煌めきには最高級のペンが相応しいと言ってくれた】

マウスを滑らせ、次の写真をクリックする。

例の「R」のネックレスをつけた自撮り写真だった。

花音は完璧なメイクを施し、わずかに顎を上げて、細い首筋とそのネックレスを誇示している。

【Rさんは、私が彼のデザインに命を吹き込む、唯一のインスピレーションだと言ってくれた】

唯一のインスピレーション。

その言葉を目にした瞬間、あまりの滑稽さに、怒りを通り越して乾いた笑いがこみ上げてきた。

さらに下へスクロールしていく。

ある写真の背景は、我が家のリビングだった。彼女は私の猫を抱き、無邪気な笑顔を浮かべている。

【Rさんの家で猫ちゃんとたわむれる。心から癒やされるひととき……】

別の写真では、私の車の助手席に座り、私のお気に入りのアロマを手に持っていた。

【Rさんの車の中の匂い、すごく好き。彼はここが一番自分らしくいられる、最高のオアシスなんだって】

どの写真も、どの言葉も、これ見よがしに「ここは私の領土だ」とマウントをとっている。

私は無表情のままそれらを閉じ、別のフォルダを開いた。

杏奈が調べ上げた、花音の素生だ。

平凡な家庭、中堅レベルの大学、特筆すべき点のないキャリア。業界トップを走るうちのデザイン会社にインターン生として採用されたこと自体、本来ならあり得ない話だ。

唯一目を引くのは、在学中のコンペで最優秀賞を獲ったという景観デザインのレポートだけ。

その内容にどこか既視感を覚え、さらにページを捲った。

そして、最後の一枚の写真が目に飛び込んできた瞬間、私の全身から血の気が引いた。

写真の中で、花音はプリントアウトされたデザイン案を手に、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

その図面のタイトルには、はっきりとこう記されていた。【臨海都市再生計画】

それは、この三ヶ月の間、幾度もの徹夜を重ねて心血を注いできた、会社の命運を懸けた最重要コンペの核心となるデザイン案だ。

私のキャリアにおいて、最も重要なプロジェクトだ。

私は弾かれたように椅子から立ち上がり、オフィス奥の休憩室へ駆け込んだ。

そこには、自分以外の誰にも触れさせない、仕事のすべてが詰まった個人用の暗号化PCがある。

キーボードを叩くと、パスワード入力欄が現れた。

自分の誕生日――エラー。

結婚記念日――エラー。

二人で大切にしてきたあらゆる数字を試したが、すべて無情に弾かれた。

頭の中の回路が焼き切れるような衝撃に、眩暈がした。

ある最悪な予感が、冷たい汗となって背中を伝う。

杏奈が送ってきた資料には、花音の誕生日が載っていた。

私は震える指で、その日付を一つずつ打ち込んだ。

「ようこそ」

ロックが解除された。

夫である理仁は、愛人の誕生日を使って、私の個人用PCのパスワードを書き換えていた。

凄まじい屈辱感が、一気に私を飲み込んだ。

私は唇を血が滲むほど噛み締め、エクスプローラーを立ち上げた。

デスクトップは不気味なほど整然としていた。私はすぐに臨海都市再生計画というフォルダを見つけた。

中を開くと、ファイルの最終更新日時は――昨日。

ゴミ箱を確認すると、そこには、私が最初に作成した臨海都市再生計画の設計図が、幾重ものプロテクトをかけられたまま静かに眠っていた。

削除された時間も、やはり昨日だった。

再びデスクトップに戻り、修正版と銘打たれたファイルを開く。

一瞥しただけで分かった。設計の根幹を成すロジックは、私のものと瓜二つ。

ただ、いくつかの重要な耐荷重構造やデザインのアクセントに微調整が加えられている。

私の特許を巧妙に回避しつつ、案の精髄をかすめ取っているのだ。

設計案の署名欄には、端正な、それでいてひどく厚かましい文字が並んでいた。

――見城花音。

理仁は不倫をし、私を裏切っただけではない。

私の心血、私のキャリア、そして会社の未来までも盗み出し、愛人の輝かしい未来を築くための踏み台にしようとしている。

あまりの惨さに膝が震え、私はデスクの縁を掴んで、かろうじて崩れ落ちるのを堪えた。

裏切りの極致とは、ただ心を壊すことではない。信じていた相手の手で、積み上げてきた人生のすべてを「無」にされることだったのだ。

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