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裏切りの果てに、最高の景色を第1話

この話は約2680字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

夫の久我理仁(くが りひと)の出張初日、見知らぬ番号から電話がかかってきた。

相手は薬局の店員で、焦ったような声だった。

「もしもし、久我さんのご家族の方でしょうか?実は本日午後、久我さんが緊急避妊薬を買いに来られたのですが、決済が完了しないままお帰りになってしまって……恐れ入りますが、お支払いをお願いできませんか?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。緊急避妊薬?

私、吉田心晴(よしだ みはる)はせり上がる動揺を無理やり押し殺し、理仁の番号を呼び出した。

「ねえ、理仁。今日の午後はどこにいたの?薬局での決済がエラーになったって通知が届いているんだけど」何気なさを装い、私は鎌をかけた。

電話の向こうで、わずかな沈黙が流れた。その後、理仁は軽く笑った。

「ああ、会社に入ったばかりのインターン生の代わりにね。若い女の子だし、自分で行くのは恥ずかしいだろうと思って、ちょっと使い走りをしただけだよ」

私は笑顔を装って電話を切り、すぐに薬局へかけ直した。その声は、氷のように冷えていた。

「お店の場所を教えて。今から払いに行くわ」

* * *

夫の久我理仁(くが りひと)の出張初日、見知らぬ番号から電話がかかってきた。

相手は薬局の店員で、焦ったような声だった。

「もしもし、久我さんのご家族の方でしょうか?実は本日午後、久我さんが緊急避妊薬を買いに来られたのですが、決済が完了しないままお帰りになってしまって……恐れ入りますが、お支払いをお願いできませんか?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。緊急避妊薬?

私、吉田心晴(よしだ みはる)はせり上がる動揺を無理やり押し殺し、理仁の番号を呼び出した。

「ねえ、理仁。今日の午後はどこにいたの?薬局での決済がエラーになったって通知が届いているんだけど」何気なさを装い、私は鎌をかけた。

電話の向こうで、わずかな沈黙が流れた。その後、理仁は軽く笑った。

「ああ、会社に入ったばかりのインターン生の代わりにね。若い女の子だし、自分で行くのは恥ずかしいだろうと思って、ちょっと使い走りをしただけだよ」

私は笑顔を装って電話を切り、すぐに薬局へかけ直した。その声は、氷のように冷えていた。

「お店の場所を教えて。今から払いに行くわ」

私は薬局へ駆け込んだ。

店員は私を見るなり、どこかきまずそうな顔をした。

「恐れ入ります……未払い分のお会計ですが、こちらの一点で、二千円になります」

私はスマホを取り出したが、すぐには支払わなかった。

「金額が合わないわ。決済エラーの通知には二千六百円ってあったはずよ。差額があるのはおかしいわ。防犯カメラを見せて。商品を照合したいの」

店員は一瞬呆気に取られたが、すぐに頷いた。

「……承知いたしました。少々お待ちください」

店員がモニターを操作すると、ノイズの混じる画面の向こうに、見慣れた後ろ姿が映し出された。

理仁だ。

彼の隣には、寄り添うようにして立つ若い女の姿があった。白いワンピースを纏い、どこまでも清楚で汚れのない雰囲気を漂わせている。

理仁は自然な動作で一箱の薬を彼女に手渡した。

女は俯き、恥ずかしそうにそれを受け取る。

理仁は優しく微笑むと、手を伸ばし、愛おしそうに彼女の頭を撫でた。

心臓がギュッと締め付けられる。

あの仕草は、私だけに向けられるものだったはずだ。

画面の中で、女が顔を上げた。笑った拍子に、首元からネックレスが覗く。

私の視線はそこに釘付けになった。

そのペンダントトップは、アルファベットの「R」

私が自ら図面を引き、職人に特注させたものだ。

世界にたった一つしかない代物。

結婚三周年の記念に、私から理仁に贈ったプレゼントだった。

店員が横で申し訳なさそうに説明を添えた。「……失礼いたしました。旦那さんは二箱買われていました。もう一箱はビタミン剤でしたので、合わせて二千六百円ですね」

彼の言葉はもう耳に入ってこなかった。

私はスマホを構え、モニターの映像を一枚撮影した。

それから無機質に決済画面を開く。

「支払ったわ」

背を向けて立ち去ろうとして、ふと足を止めた。

私は店員の方を向き、無理やり笑みを作ってみせた。

「さっきの女の子のネックレス、素敵ね。どこのブランドか知ってる?」

店員は困ったように首を振った。

「いえ、そこまでは……」

「LINEを交換しない?彼氏の誕生日が近いから、さっきの映像のネックレスのスクリーンショットを送ってほしいの。それを見本にして買ってあげたくて」

店員は深く考えず、快く応じてくれた。

お礼に、私は彼に有名な店のギフトチケットを贈った。

「助かったわ」

すぐにスマホが震え、高画質のスクリーンショットが届いた。

そこには、女の顔とあの「R」のネックレスが鮮明に写っていた。

私は車に乗り込み、ハンドルを指が白くなるほど強く握りしめた。

家に戻ると、そこは死んだような静寂に包まれていた。

何かに憑かれたように、理仁の書斎に足を踏み入れる。

デスクの上には、私が贈った私たちのイニシャルを刻んだ特注のペンスタンドが置かれていた。

だが、その中の製図ペンが消えていた。

私は社内のチャットツールを開き、インターンの名簿を呼び出した。

画面を次々と流れていく、何人もの若々しい顔ぶれ。

やがて、私の指はあるプロフィール写真の前でピタリと止まった。

見城花音(けんじょう かのん)。監視カメラに写っていた、あの女だ。

私はソフトを閉じ、ある番号へ電話をかけた。

電話の向こうから、相変わらず地声のデカい斎藤杏奈(さいとう あんな)の声が響いた。

「あら、心晴。珍しいじゃない、どうしたの?」

「調べてほしい人がいるの。うちの会社に入ったインターン生の見城花音」

私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

「それから、ここ半年の理仁の個人口座の明細、ホテルの宿泊履歴、出入国の記録。全部洗い出して。一つも漏らさずにね」

杏奈は、二秒ほど沈黙した。

「……理仁に、何かあったの?」

「それより、もっと最悪よ」

電話を切ると、入れ替わるように理仁からの着信が入った。

画面に表示された「あなた」の文字が、眩暈がするほど目に刺さった。

私は通話ボタンをスライドした。

「心晴、今忙しいかな?」いつも通りの、穏やかな声が流れてくる。

「いいえ、今仕事が終わったところよ」

「そうか。今日はどうだった?疲れてないかい?」

「それなりよ」

「明日には出張から帰るから。プレゼントを買ってあるんだ、君が気に入ること間違いなしだよ」

耳の奥までべったりと張り付くような、あの不気味に甘ったるい口調。

聞いているだけで、胃の底から吐き気がせり上がってきた。

「そう。楽しみにしてるわ」

私は笑って言った。

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