裏切りの婚約者が絶望するまで第3話
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佑樹はわざとらしく驚いてみせた。
「だけど……兄さんはどうする?」
雪菜の瞳が僅かに揺れたが、すぐに元の冷酷な光を取り戻した。
「あなたを中傷したあの瞬間から、彼はもう北原家の人間ではないわ」
「何の権利があってそんなことを……!」
怒りで声が震えていた。俺は、全身傷だらけの無様な姿のまま、群衆の前に進み出た。
「おい、あれって永真じゃないか!?」
「本当にあいつかよ?恥知らずにもよく顔を出せたもんだな」
「ふん、あいつは犯罪者だろ?これ以上北原家の顔に泥を塗ることなんて、何とも思っちゃいないさ」
「まったく、金持ちの女に媚びを売るツバメに成り下がるなんて、北原の先代も草葉の陰で泣いてるぜ」
周囲の容赦ない嘲笑に、俺はその場に凍りついた。
雪菜が強引に俺の腕を掴み、傘の下へと引き寄せた。
「怪我をしてるなら病院でおとなしくしていなさい。一体何の真似よ!」
俺は彼女の手を乱暴に振り払い、彼女を見据えた。
「どうしてあの屋敷をあいつに渡すんだ。俺が北原家の本当の息子だ。あいつはただの養子に過ぎない。何の資格があって……」
パァン。
乾いた音が響き、頬が一瞬にして熱を持ち、赤く腫れ上がった。俺は頬を押さえ、信じられない思いで雪菜を見つめた。
彼女は佑樹をしっかりと自分の背後に庇っていた。
「おじ様が亡くなる直前、あなたたちを桐生家に託したのよ。私にとって、佑樹は北原家の養子なんかじゃないわ!
何度も佑樹を陥れたあなたは、北原家の息子を名乗る資格なんてない。反対する権利がどこにあるの!」
この瞬間、俺はすべてが心底バカバカしく思えた。
脳裏に10歳の頃の記憶がよぎる。佑樹が北原家に来たばかりの時のことだ。
俺が差し出したぬいぐるみを彼は無視し、俺が背を向けた直後、自ら階段から転げ落ちたのだ。
「兄さん……どうして僕を突き飛ばしたの?僕のことが、嫌いなの?」
当時、両親はまだ俺を信じてくれていた。だが、あの日を境に、あいつの流す涙は俺の心を切り裂く最も鋭利な刃となった。
消えてしまった母のアクセサリー、粉々に砕かれた父の骨董品。あいつがその都度、いかにも可哀想に涙を流すものだから、俺は釈明の余地さえ奪われ、次第に追い詰められていった。
だが、どんな時でも雪菜だけは俺の味方をしてくれていた。
「私は永真のことを一番よく分かってる。彼がそんなことをするはずないわ。
彼は少し我が強いところがあるけど、それは桐生家が甘やかしたからよ。私がそうしたいんだから、文句ないでしょ」
俺は馬鹿みたいに、雪菜が一生俺の味方でいてくれると信じ込んでいた。
「あなたは本当に、私を失望させたわ」
目の前の彼女の冷酷な姿が、俺がプロポーズした時に泣きながら「一生そばにいる」と頷いてくれた姿と重なり合う。
俺は一瞬、現実感が遠のくのを感じた。
「永真、最後に一度だけチャンスをあげる。佑樹に謝りなさい。そうすれば北原家も私も、再びあなたの後ろ盾になってあげるわ」
雪菜と佑樹の親密に重ねられた手を見て、俺は自嘲気味に笑った。
「必要ない。約束の2000万円を渡してくれ。今日を限りに、俺たちの一切の縁を断ち切る」
周囲が水を打ったように静まり返った。
雪菜の目は酷く冷徹な色を帯び、ギリッと歯を食いしばって俺を睨みつけた。
「……何て言ったの?」
俺の頑なな目線を受け止めた彼女の顔に、一瞬、呆然とした動揺が走る。何か決定的なものを、永遠に失ってしまったかのように。
「兄さん!」
佑樹は形勢が不利だと見るや否や、飛び出してきて俺の前にひざまずいた。
「責めるなら僕を責めて!僕が北原家に来たのがいけなかったんだ、全部僕のせいだ!
屋敷はいらないよ。今日で帝都を出ていく、全部兄さんに返すから!」
彼は泣き叫びながら階段を駆け下りようとし、不自然に足首を捻り、そのまま下へと派手に転げ落ちた。
「佑樹!」
雪菜は血相を変えて階段を駆け下りた。そして、あいつの体の下からじわりと鮮血が滲み出てくるのを目にするや、恐怖のあまり悲鳴をあげた。
「早く救急車を!」
彼女は理性を失ったかのような激怒の形相で、俺を睨みつけた。
「永真を縛り上げなさい!佑樹に何かあったら、あなたもタダで済むと思わないことね!」
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