街を濡らす雨に、叶わぬ想いを葬って第2話
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婚約を解消して一週間後、私は郊外の茶房へ商談に向かった。
ここは庭園風の造りで、門をくぐると小さな中庭があり、青石の敷かれた小道の両脇には竹が植えられていた。
中庭を抜けて奥へ進むと、そこで瑠衣の姿が目に入った。
彼女は廊下沿いのテーブルに腰かけ、目の前にはお茶と菓子が並べられ、何か楽しそうに話していた。
そして、彼女の向かいに座っていたのは幸治だった。
先に私に気づいたのは瑠衣だった。ぱっと目を輝かせたものの、すぐに表情を引っ込めて、何事もないように話を続けた。
店員が人数を尋ねに来たので、私は待ち合わせだと答え、隅の席へ案内された。
その席は幸治たちのテーブルからそう遠くなく、会話が聞こえてきた。
座ったばかりのとき、瑠衣の声が耳に入った。
「幸くん、あの日の藤屋さんの婚約解消の件、そのあとどうなったの?」
私は茶碗を持ち上げた手を、わずかに止めた。
幸治の声が聞こえてきた。
「どうもこうもないだろ。婚約を解消したのはあいつのほうだ。俺が頼み込むとでも?」
瑠衣は笑った。
「でも、あんなふうにみんなの前でされたら、面目が立たないでしょう?」
幸治もそれにつられるように鼻で笑った。
「あいつ、婚約解消で俺を脅せると思ってるのか?婚約は両家で決めたことだ。あいつ一人の一存で決まるもんじゃない」
私は茶碗を持ったまま、ゆっくりひと口飲んだ。今年の新茶だった。味は悪くない。
瑠衣がまた尋ねた。
「じゃあ、これからも藤屋さんに会うの?」
「会うって何のために?」幸治の口調は気のないものだった。
「今の俺にはお前がいる」
瑠衣の甘えた声が聞こえてきた。
「じゃあ、いつ私をお嫁さんにしてくれるの?」
向こうが二秒ほど静かになった。
それから、幸治の声が響いた。
「もうすぐだ。この時期を乗り切ったら、お前と結婚する」
私はそのひと口を飲み込み、さらに自分の茶碗に茶を注いだ。
茶は熱く、立ちのぼる湯気が顔に当たって、少し湿っぽく感じた。
瑠衣はまだ何か話していたけれど、もうほとんど耳に入らなかった。
頭の中では、あの一言だけが何度も繰り返されていた。――「この時期を乗り切ったら、お前と結婚する」
この時期を乗り切ったら。
私はふいに笑いたくなった。
私は彼が振り向いてくれるのを、一年も待ち続けた。
それなのに彼は、この時期を乗り切ったら、今度は別の女と結婚するという。
私はお茶を一気に飲み干し、店員を呼んで会計を済ませた。
立ち上がって店を出るとき、あのテーブルの横を通っても、私は足を止めなかった。顔には薄い笑みすら浮かんでいた。
瑠衣の表情がわずかに変わった。たぶん、私がこんなにも平然としていられるとは思っていなかったのだろう。
幸治は私が通り過ぎるのを見つめ、その視線は私が中庭の門を出るまでずっと追ってきた。
茶房を出て車に乗り込んでから、私はようやくハンドルを強く握りしめた。
爪が手のひらに食い込んで、痛かった。
私は取引先の担当マネージャーに連絡を入れ、商談場所を変更した。
三秒後、私はエンジンをかけ、その場を離れた。
茶房では、幸治が瑠衣の差し出した菓子を押し戻していた。
「行くぞ」
瑠衣はきょとんとした。
「どこへ?」
「家まで送る。俺はまだ用事がある」
瑠衣の顔色がわずかに変わったが、それ以上は何も言えなかった。
その夜、プロジェクトの発注元が決まった。川島グループだった。
翌日、私はさらに連絡を受けた。プロジェクトの窓口担当は瑠衣だという。
私はそのメッセージを、長いこと見つめていた。
幸治が彼女を川島グループに入れたのか。それとも、もともと彼女は川島グループの人間だったのか。
――もう、どうでもよかった。
私はスマホを置き、また企画書の修正を続けた。
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