街を濡らす雨に、叶わぬ想いを葬って第3話
この話は約1529字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
プロジェクトのキックオフ会議の日、私は初めて受注側の立場で幸治の向かいに座った。
幸治はきっちりとスーツを着こなし、いかにも公私をきっちり分けた仕事モードの顔をしていた。
瑠衣はオフィスカジュアル姿で、彼の隣に座っていた。
私はパソコンを開き、企画案の説明を始めた。
話し始めて五分ほどしたところで、瑠衣が手を上げて私を遮った。
「藤屋部長、このポジショニング、問題があるんじゃないですか?」
私は話を止め、彼女を見た。
「ポジショニングレポートは事前調査をもとに決めたものです。その時点で、そちらでもサインして確認済みでしたよね」
瑠衣はふっと笑った。
「それは前の話です。今はこのプロジェクト、私が担当ですから。私が不適切だと思うなら、修正してもらわないと」
幸治が隣でうなずいた。
「瑠衣の言うとおりだ。持ち帰って直してくれ」
私は一拍置いてから言った。
「分かりました」
そして、また説明を続けた。
さらに十分ほど経ったところで、瑠衣がまた口を挟んだ。
「この動線設計も駄目です。回りくどすぎます。企画を作るとき、ちゃんと現地を見に行ったんですか?」
私は答えた。
「現地には三回行っています。動線設計はそれを踏まえて――」
瑠衣が途中で遮った。
「その分析レポートは拝見しましたけど、データソース自体が全部おかしいです。作り直してください」
幸治はまたうなずいた。
「彼女の言うとおりに修正してくれ」
彼の視線が一瞬だけ私の顔に落ちた。けれどすぐに逸れ、そのままスマホに目を落とした。
私は深く息を吸った。
「分かりました」
その後も、瑠衣は五分おきに話を遮ってきた。指摘はどんどん理不尽になっていった。
会議室の中では、皆が顔を見合わせていたけれど、誰一人として口を開かなかった。
説明を終えると、私はパソコンを閉じた。
瑠衣は笑顔で言った。
「藤屋部長、お疲れさまでした。企画案は持ち帰ってしっかり修正してくださいね。また次回、お会いしましょう」
会議が終わったあと、廊下で彼女に呼び止められた。
その笑みはやわらかかった。
「藤屋部長、これからは私がこの案件の窓口ですから、たくさんやり取りしましょうね」
彼女は声を落とし、少しだけ身を寄せてきた。
「幸くんが言ってました。この案件がうまくいくかどうかで、今後藤屋家が川島とどれだけ付き合っていけるかが決まるって。安心してください。私、ちゃんと協力しますから」
私はその笑顔を見つめながら、ふと一つだけ聞きたくなった。
あなた、隣にいるその男が、この一年で七人も彼女を替えたって知ってるの?
でも、私は聞かなかった。ただこう言っただけだった。
「なら、規定どおりに進めましょう」
彼女はさらに甘く笑った。
「もちろん、規定どおりにしますよ。ただ、藤屋部長が慣れていらっしゃるかどうか心配で」
彼女は背を向けて立ち去ろうとし、ふと思い出したように振り返って一言付け加えた。
「そうだ、藤屋部長。幸くんが言ってました。このプロジェクトが終わったら、私たちの結婚を正式に公表するって」
私はその場に立ったまま、彼女の背中が廊下の突き当たりに消えるのを見ていた。
それから一週間、私は毎日深夜まで残業した。
企画案は第八稿まで直したけれど、提出するたびに瑠衣に差し戻された。
同僚たちは陰で不満をこぼしていた。瑠衣はわざとやっているに決まっている、と。
でも私は、ただ一言だけ言った。
「修正を続けて」
彼女がわざとやっていると分かっていたからこそ、何を言っても無駄だった。
夜の十一時、私は一人で会社に残って企画を修正していた。
ノックの音がした。
顔を上げると、ドアのところに警備員が立っていて、来客だと言った。
私は下へ降りると、ロビーに司が立っているのが見えた。手にはテイクアウト用の袋を提げていた。
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