街を濡らす雨に、叶わぬ想いを葬って第1話
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私と川島幸治(かわしま こうじ)は幼なじみで、大人になると両家の間で婚約が決まった。
あの日から、私はずっと結婚の日を指折り数えて待っていた。
けれど幸治は、それを不公平だと言った。
「他のやつらは一生のうちに何度も恋愛するのに、なんで俺だけ生まれてから死ぬまでお前一人じゃなきゃいけないんだ。
お前も何人かと付き合ってみろよ。損するな」
彼は言ったことを、本当にそのままやった。
婚約してから、たった一年の間に、幸治は七人も恋人を替えた。
相手が替わるたび、私は笑って平気だと言った。どうせ最後には、彼は私のもとに戻ってくるのだからと。
でも、八人目の恋人を川島家のパーティーに連れてきたとき、すべてが終わった。
その女は彼の腕にしがみつきながら、「幸くん」と甘えた声で呼んでいた。
私は箸を置き、両家の親族が見ている前で、婚約書をテーブルの真ん中へ押し出した。
「幸治、あなたの言うとおりね。一途でいるなんて、たしかに損だわ」
そのあと私は、大倉家の一人息子の手を取り、もう一度、彼の前に立った。
幸治はその場でグラスを叩きつけ、生まれて初めて目を赤くした。
「藤屋蛍(ふじや ほたる)、お前、どういうつもりだ?!」
私は笑って言った。
「私にも他の人と付き合ってって言ったんでしょう?試してみたわ。思ったより、ずっとしっくりきたの」
* * *
川島家のパーティーには、私はこれまで何度も来たことがあった。
でも今日が初めてだった。私はもう、「川島幸治(かわしま こうじ)の婚約者」という立場でこの門をくぐったわけじゃなかった。
「あれ、藤屋蛍(ふじや ほたる)?どうして……」
「あの人が手をつないでるの、誰?大倉家のあの人?」
「幸治さんのそばにいるのはまた誰だ?どういう状況だよ……」
幸治が立ち上がった。あまりに勢いがよく、椅子の脚が床を引っかいて耳障りな音を立てた。
彼の目は赤くなっていて、大倉司(おおくら つかさ)を指さした。
「てめえ、こいつが俺の婚約者だって分かってんのか?」
司は一度うつむいて私を見た。自分が口を出すべきかどうか、うかがうように。
私はほんのわずかに首を横に振った。
幸治の母は笑みを浮かべ、場を取りなすように言った。
「蛍ちゃん、きっと何か誤解があるのよ。幸治はまだ若くて遊びたい盛りなだけで、心の中ではちゃんとあなたのことを――」
私は幸治の母を見て、同じように笑った。
「おばさま、この一年、彼は好き勝手して、相手を七人も替えました。でも私は、一言も言わなかったんです。
今日は川島家のパーティーなのに、彼は八人目を連れてきました。ここで私がまだ黙っていたら、次は九人目のために席まで譲れってことですか?」
幸治の父の顔色はこわばり、幸治をきつくにらみつけた。
幸治が何か言おうとしたけれど、私は手を上げてそれを遮った。
「幸治、あなたの言うとおりね。一途でいるなんて、たしかに損だわ。だからこの婚約、こちらから破棄する」
私はその婚約書をテーブルの真ん中へ押し出し、振り返って父を見た。
父の顔からは怒りも喜びも読み取れなかった。私と三秒ほど視線を合わせ、それから立ち上がった。
「川島、子どもたちのことに、俺たち大人が口を挟むつもりはない。だがこの婚約は、蛍ちゃんが解消したいというなら、俺は賛成する」
幸治の父の顔はさらに沈み込み、幸治に向かって怒鳴った。
「お前は出ていけ!」
幸治は追い立てられるように書斎へ追いやられ、扉越しにも物を叩きつける音が聞こえてきた。
幸治の母は最後まで何も言わず、そのまま書斎へついて入っていった。
白川瑠衣(しらかわ るい)は一人その場に立ち尽くしていた。周囲から向けられる視線に居たたまれなくなったのか、うつむいたまま足早に大広間を出ていった。
パーティーはあっけなくお開きになった。
私は司を門のところまで見送り、腕に回していた手を離した。
「今夜はありがとう、司くん」
彼は私を見下ろした。まなざしは穏やかで、余計なことは何も言わなかった。
「この芝居に付き合えるなんて、光栄だったよ」
そうして彼は車に乗り込み、夜の闇の中へ消えていった。
私は川島家の門の前に立ったまま、吹きつける風を受けた。少し肌寒かった。
さっきドレスについた赤ワインの染みは、もう乾いていて、くすんだ赤い跡だけが残っていた。
家に戻ると、私はそのままソファに身を投げ出し、目を閉じたまま長いこと横になっていた。
頭に浮かんでいたのは、十六歳のあの年、幸治が初めて私の手を握って、「蛍ちゃんは俺のものだ」と言った日のこと。
十八歳の年、両家が婚約を決めたとき、彼はみんなの前で「俺は一生こいつだけだ」と言った。
それなのに二十二歳になった今年、彼は八人目の彼女を連れて私の前に現れた。
「幸くん」と呼んでいた人は、もう私のものじゃない。
私は目を開け、スマホを取り出して、幸治とのトーク画面を開いた。
最後のメッセージは三日前に彼が送ってきたものだった。瑠衣とのツーショット写真。
【新しい彼女。可愛いだろ?】
私は返事をしなかった。
これからもしない。
私は彼のアイコンを開き、連絡先を削除した。
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