英雄の恩返し第2話
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家に帰ると、待っていたのは修羅場だった。リビングには両親と蓮が座っていた。空気は爆発寸前まで張り詰めている。
私が玄関に入った瞬間、湯呑みが耳元をかすめて飛び、壁に当たって粉々に砕け散った。
「今日のお前の態度はなんだ!誰の顔に泥を塗ったと思っている!」
父の怒号が鼓膜をびりびりと震わせる。
「死んだ兄の顔に泥を塗り、俺たち家族全員の顔に泥を塗ったんだぞ!」
蓮はすぐに立ち上がり、一言も発さずにしゃがみ込んだ。彼は黙々と、床に散らばった破片を一つひとつ拾い集め始めた。その動きはゆっくりと慎重で、まるで壊れた約束を拾い集めているようだった。
彼は顔を上げ、穏やかな声で父をなだめた。
「篠宮さん、怒らないでください。俺が悪いんです。
こんな時にあんな話をして、悦子さんにプレッシャーをかけてしまいました」
彼がそうやって配慮を見せれば見せるほど、母が私を見る目は失望に染まっていった。まるで、手の施しようのない粗大ゴミを見るような目だ。
「蓮さんを見てみなさい!それに引き換え、あなたが連れてきたあのチンピラはなんなの!」
母の泣き声は鋭く耳に刺さる。
「お兄ちゃんが草葉の陰で泣いてるわよ!」
父は壁に飾られた制服姿の兄の大きな写真を指差し、手を激しく震わせた。
「お前は兄に申し訳ないと思わないのか!
あいつが命を懸けて救った仲間だぞ。死んでまで、果たせない約束を背負わせるつもりか!
あいつを、死んでも死にきれない思いにさせる気か!」
私は無表情のままソファに座り、スマートフォンを取り出した。画面の明かりが私の能面のような顔を照らす。私は画面をスクロールさせながら、まるで彼らの言葉など関係ないといった風を装った。
「それは兄さんの約束よ。私のじゃないわ」
声は大きくなかったが、全員の耳にはっきりと届いた。
「私が兄さんに助けてなんて頼んでないし、彼に結婚してくれなんて頼んでもいない」
「お前……ッ!」
父は激昂して手を振り上げ、私の頬を目掛けて平手打ちを放った。私は避ける気すらなかった。
だが、予想していた痛みは来なかった。蓮がとっさに私の前に立ちはだかり、その腕で父の一撃を受け止めたのだ。
バチン、と乾いた音が響いた。彼は低く呻き、腕が瞬く間に赤く腫れ上がった。
「篠宮さん、やめてください」
彼は私を振り返った。その瞳には包容力と心配、そして私が理解できない何らかの痛みが混じっていた。
「彼女も辛いんです。ただ一時的に混乱しているだけなんです」
この一幕で、私は完全に家族の中の大罪人となった。母は泣きながら父の胸に飛び込んだ。
「私たちはどんな因果応報で、こんな冷酷な娘を育ててしまったの!
あなた……私の心が張り裂けそうよ……」
蓮の「英雄」としての後光と両親の悲痛な叫び。その二つの壁が私を挟み撃ちにする。
あの日以来、蓮はさらに両親に献身的に尽くすようになった。彼は毎日、高価な滋養強壮の食品やサプリメントを送り届けてきた。私には気を使い、家事の一切を引き受けた。壊れたまま放置されていた蛇口を修理し、重い米袋を担いで階段を上った。父の将棋の相手をし、母の愚痴を聞いた。
近所の住人たちは皆、彼を「理想的な婿」だと称賛した。そして私は恩知らずで、英雄を裏切り、心を持たない親不孝者として定着した。
団地の中を歩けば、背後から指をさされる気配を感じる。その視線は針のように全身に突き刺さった。
けれど、痛いとは言えない。私はこの演技を続けなければならないのだから。
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