英雄の恩返し第3話
この話は約2083字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は翔太と連れ立って、さらに派手に高級店へ出入りするようになった。毎日、インスタグラムやツイッターに、私たちが散財する写真をアップした。
写真の中の私は、厚化粧で着飾り、妖艶に微笑んでいる。
背景には山のように積まれたブランドのショッピングバッグ。キャプションはこうだ。
【幸せって簡単。稼ぐより使う方が楽しいもん】
あるいは、翔太が新しく買ったスポーツカーに寄りかかっている写真。
【ダーリンありがとう、今日も愛されてる私】
翔太も協力的だった。限定モデルの車をプレゼントし、クルーザーをチャーターして海に出る。
「ドラ息子」と「浪費家」という単語を、極限まで演じきった。
私たちは意図的に、蓮の同僚たちがよく利用する高級レストランで彼らと「遭遇」した。私は露出の多いドレスを着て、翔太は派手なストリートファッションに身を包んでいた。私たちは彼らの目の前で、高価なワインを巡って隣のテーブルと揉め事を起こした。
翔太は傲慢な態度で財布から分厚い札束を抜き出した。そしてバシッと音を立てて相手の顔に叩きつけたのだ。
「飲めねえなら失せろ。目障りなんだよ」
蓮の仲間たちは皆、実直で正義感の強い男たちだ。目尻が裂けんばかりに睨みつけてくる。何人かがその場で掴みかかろうとしたが、周囲に必死で止められていた。私を見る彼らの目は軽蔑と怒りに満ちていた。
この一件はすぐに尾ひれがついて拡散された。ネット上のニュースタイトルは、どれも見るに堪えないものだった。
【英雄の妹、チンピラ彼氏と公衆の面前で狼藉!兄の顔に泥!】
【兄が逝って早々に、妹は新恋人と豪遊三昧!】
私は炎上がまだ足りないと思った。私は翔太に頼んで、私たちが投資に失敗し、巨額の借金を背負ったという噂を流させた。このニュースは翼が生えたように、一夜にして街中に広まった。
両親はショックのあまり倒れ、そのまま入院してしまった。蓮はその知らせを聞くと、躊躇することなくすぐに私の元へ駆けつけた。彼は疲れそうに見えた。目の下には濃いクマがあり、数日間寝ていないのは明らかだった。
彼は何も聞かず、懐から一枚のキャッシュカードを取り出し、私の前のテーブルに置いた。
「ここには、俺が受け取った報奨金や手当のすべてが入っている。これで足りるはずだ」
彼の声は静かで、私に渡しているのが彼の半生の血と汗の結晶ではなく、ただの小遣いであるかのように振る舞った。
「足りなければ、また何とかする。ローンを組んでもいいし、実家の土地を売ってもいい」
そのカードを見つめ、心臓が何かに強く握り潰されたような痛みを覚えた。
この出来事もすぐにメディアに暴露された。誰が撮ったのか、蓮が私にカードを渡している写真が出回ったのだ。
「英雄に寄生する女」という汚名は、これで完全に確定した。
私は蓮の目の前で、そのカードを手に取った。そして、隣にいる翔太に何食わぬ顔で手渡し、ヘラヘラと笑ってみせた。
「ダーリン、これでまた世界一周旅行に行けるわね。
やっぱり英雄様はお金持ちだわ。あなたの悪友たちよりよっぽど頼りになる」
翔太は調子を合わせてカードを受け取り、私の頬にキスをした。
「さすが俺の女だ」
蓮は私を見ていた。私たちの親密なふるまいを見ていた。
彼の瞳に、初めて底知れぬ痛みが浮かんだ。私は彼の背中が街角に消えるまで見送った。
翔太がスポーツカーのエンジンをかけ、軽薄な口笛でその声の深刻さを隠しながら言った。
「行くぞ、帰ろうぜ。今日の芝居は効果抜群だ」
私は助手席に座り、一言も発さなかった。
芝居のために翔太と借りた高級マンションに戻り、ドアが閉まった瞬間、私の顔に張り付いていた偽りの笑顔は崩れ落ちた。
翔太は白湯を一杯私に手渡し、小声で言った。
「今日の演技は良かった。でも相当削られただろ。早く休め。次こそが正念場だ」
彼は気を利かせて自分の部屋に戻り、私を一人にしてくれた。
巨大な虚無感と疲労が押し寄せてくる。私はソファに崩れ落ち、何かに取り憑かれたようにスマホを開いた。SNSでは、「英雄に寄生する女」の話題で炎上していた。
【こういう女は死ねばいいのに】
【兄の恥さらしだ!】
【遺族への優遇措置を撤回すべきだ。こいつにその資格はない!】
スマホを握る手が制御できないほど激しく震え出し、まともに持っていられない。私は猛然とスマホをソファに叩きつけ、寝室に駆け込み、引き出しの奥深くから兄の写真を取り出した。写真の中の彼は、白い歯を見せて屈託なく笑っている。「悦子、怖がるな」と言っているかのように。
もう限界だった。冷たいフォトフレームを抱きしめ、冷たい床の上で体を丸め、膝に顔を埋めた。声を上げて泣くことさえできない。極限まで押し殺した音のない嗚咽だけが漏れ、涙が堤防決壊のように溢れ出し、服を濡らしていく。
お兄ちゃん、もう疲れたよ。でも分かってる。まだ止まるわけにはいかないって。
どれくらい時間が経っただろうか。私は涙を拭き、床から立ち上がった。鏡の中の私は目が赤く腫れ、見る影もないほど惨めだった。だが、その瞳の奥には、変わらぬ決意が宿っていた。
計画の最終段階まで、あと少しだ。
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