花散るころ第2話
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灯りを消すと、陸は私を抱き寄せ、首筋に顔を埋めてじゃれついてくる。
「美晴、どこか具合でも悪い?なんだかボーッとしてるみたいだけど」
私は寝返りを打ち、彼に背中を向けた。
「……よく眠れてないのかもしれない」
背中の向こうで、彼がくすりと笑うのが伝わってくる。
「そっか。じゃあ、今夜は許してあげる。ゆっくり休もうね」
ほどなくして、陸の寝息が規則正しく聞こえ始めた。深い眠りに落ちたようだ。
私は月あかりを頼りに、彼の寝顔をじっと見つめた。せき止めていた涙が、もう抑えきれない。
彼が片膝をついてプロポーズしてくれた日のことが、遠い記憶のように蘇る。
「僕にチャンスをくれないか。君だけの騎士(ナイト)になりたいんだ。命ある限り、君を愛し、守り続けると誓うよ」
あの瞬間のすべてが、今では滑稽な冗談にしか思えない。
何度も寝返りを打ったけれど、どうしても眠れず、私はタブレットを持ってリビングへ出た。
他のSNSアプリを開き、クラウドストレージまで確認してみたけれど、すべてログアウトされていた。
陸……やましいことがある証拠だわ。
寝室に戻ってベッドに滑り込むと、待っていたかのように陸の腕が伸びてきて、私を抱きしめた。
「美晴……僕をずっと愛しててね……」
耳元にかかる彼の吐息が熱い。彼は目を覚ましてはいなかった。うわ言のように呟き、また深い眠りへと沈んでいく。
慣れ親しんだ彼の匂い。一番安心できる場所だと信じていた、あたたかなぬくもり。
この腕の中に、いつから別の誰かが住み着いてしまったのだろう。
翌朝、陸はネクタイを手にぶら下げて甘えてきた。「美晴に結んでほしいな」
毎朝の日課であるジョギングを終え、シャワーを浴びたばかりなのだろう。彼の体からは、まだ湿った湯気の匂いがする。
いつもはクールな瞳をわざとうるませて見つめられ、私はつい絆されてしまう。
私がネクタイに手を伸ばすと、彼は嬉しそうに私を抱き寄せ、あごを私の頭にすりつけた。
「そうだ。今夜、京雲(けいうん)ホテルのオークションに行かない?一番大きなルビーを落札して、美晴にプレゼントしようと思ってるんだけど」
陸は、子供をあやすように優しく囁く。
オークションの出品リストは、すでに私の手元に届いていた。
目を見張るような宝飾品や希少な宝石の数々。どれでも好きなものを選んでいいと彼は言う。
彼が言うルビーは今回の目玉商品で、驚くほど大粒で価値のあるものだ。
「美晴が気に入ったなら、僕が必ず手に入れてみせるよ」
私はジュエリーデザイナーとして働いている。デザイン画を描くのも好きだし、時折、自分の手で制作することもある。
陸は私の仕事を誰よりも応援してくれた。
大学を出たばかりの頃、彼は惜しげもなく大金をつぎ込み、あらゆる宝石や材料を揃えて私の創作を支えてくれたものだ。
いくつものコンテストに出品し、おかげで私は瞬く間に業界に名を知られるようになった。
けれど本当のところ、私はただ純粋にデザインが好きなだけで、名声よりも静かに自分を磨きたかった。だから最近は、すべてのコンテストへの参加を断っていたのだ。
陸の熱っぽい視線を受け止めながら、私は薄く微笑んでみせた。
「あのルビー、あまり趣味じゃないの。今回はやめておくわ。それにちょうど、少しお休みしたいと思ってたところだから」
陸は眉をひょいと上げ、私の髪をくしゃりと撫でた。
「そっか。いいね、無理せずゆっくり休みなよ。また仕事したくなったら、もっといい石を見つけてくるからさ」
身支度を整えた陸は、いってきますと告げて会社へ向かった。
私はベランダに立ち、彼のマイバッハが屋敷を出て遠ざかっていくのを見送る。
ふと魔が差して、私はスマホを取り出し、彼の車のドライブレコーダーに遠隔アクセスした。
「あのルビーを落札して、愛菜(あいな)に贈ってやれ。腕のいいデザイン会社を探して、フルセットで仕立てさせるように」
スマホから、電話をかける彼の声が聞こえてくる。
「ああ、これから会社に行く。今日は一日中、彼女に付き合うつもりだ」
そこで彼は、くすりと笑った。
「彼女に、あのバニーガールの衣装を持ってくるように伝えておけ」
私はまぶたを閉じた。
頼りなく揺れていた心が、音を立てて断崖の底へと落ちていくのを感じた。
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