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花散るころ第1話

この話は約2603字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

結婚して五年。北城陸(きたじょう・りく)の愛妻家ぶりは、いささかも揺らがない。

巨大財閥・北城グループの御曹司でありながら、彼はきっちりと門限を守って帰宅する。

毎朝の出勤は彼がハンドルを握って送り届けてくれるし、記念日ともなれば、趣向を凝らしたプレゼントを用意して私を喜ばせた。彼のSNSのタイムラインは、私への愛を綴った投稿で埋め尽くされている。

ネット上では「恋に狂った男」なんて揶揄されながらも、そんな彼に熱狂するファンが後を絶たない。「尊すぎる夫婦」と、誰もが信じて疑わなかった。

……けれど。

寝室に残されたタブレットは、彼のアカウントにログインしたままだった。

そこへ見知らぬ女から、一本の動画が届く。

* * *

結婚して五年。北城陸(きたじょう・りく)の愛妻家ぶりは、いささかも揺らがない。

巨大財閥・北城グループの御曹司でありながら、彼はきっちりと門限を守って帰宅する。

毎朝の出勤は彼がハンドルを握って送り届けてくれるし、記念日ともなれば、趣向を凝らしたプレゼントを用意して私を喜ばせた。彼のSNSのタイムラインは、私への愛を綴った投稿で埋め尽くされている。

ネット上では「恋に狂った男」なんて揶揄されながらも、そんな彼に熱狂するファンが後を絶たない。「尊すぎる夫婦」と、誰もが信じて疑わなかった。

……けれど。

寝室に残されたタブレットは、彼のアカウントにログインしたままだった。

そこへ見知らぬ女から、一本の動画が届く。

動画の中の女は、ポリス風のバニーガールのコスプレをしていた。

とろんと潤んだ目つき。

野卑に両足を開いてM字に座り込み、服のボタンに手をかけている。はだけた隙間から、雪のような白い肌が目に飛び込んでくる。

【うさちゃん、陸さんに会いたいな。陸さんとチュッてしたい!】

甘ったるく媚びるような声が、鼓膜を撫でる。

最初は気にも留めなかった。陸ほどの人だ、好意を寄せてくる女の一人や二人あっても不思議じゃない。この五年間、彼は私に十分すぎるほどの安心を与えてくれていたから。

だから、またいつもの一方的な誘惑だろう。

そう高を括っていた私の目の前で――陸からの返信が表示された。

【明日は一日中、ベッドから出してやらないからな】

ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。

ドアが開く気配に、私は慌ててメッセージ画面を閉じ、何食わぬ顔でショート動画のアプリを開いた。

ベッドに入ってきた陸が、背後から音もなく体を寄せてくる。

シャワーを浴びたばかりなのだろう。微かにボディーソープの香りが鼻をついた。

彼は愛しげに私の肩へ顎を乗せ、甘えるように頬を擦り付けてくる。振り向きざま、熱い唇がうなじを優しく掠めた。

「美晴(みはる)、なにをそんなに熱心に見てるんだ?」

陸の視線が手元のタブレットに落ちた瞬間、まとわりついていた体が、ふっと強張るのがわかった。

「……なんで僕のタブレットを?あ、いや、動画を見るなら自分のスマホのほうが楽だろう?」

喋りながら、彼の視線が無意識に泳ぐ。私はその動揺を見逃さなかった。

整った横顔だ。ネットで「芸能界入りすべき」と騒がれるのも無理はない。

私は口元だけで笑って、さらりと答えた。

「自分のスマホ、充電切れちゃって。あなたのを使っちゃだめだった?」

陸はかなりのゲーマーで、家にあるタブレットはほとんど彼が占領している。

今日はなんとなく、つい手遊びに借りただけだった。まさか、見てはいけないものを見てしまうなんて、思いもしなかったけれど。

「もちろん、いいよ。ただこのタブレット、容量がいっぱいで動作が重いんだ。美晴が使うなら、ゲームをアンインストールして空けておくよ」

そう言って、彼はあまりにも自然な手つきで私から端末を抜き取ると、データを整理するふりをした。

しなやかな指先がメッセージアプリをタップする。ログイン画面が私のアカウントに切り替わっているのを確認して、彼は明らかに安堵の色を浮かべた。

「……いいわ。もう使わないから」

陸はふわりと笑みをこぼし、タブレットをサイドテーブルに放り出した。

子犬のように瞳を輝かせ、弾むような声で甘える。「わかった。じゃあ僕が、美晴と『別のこと』して遊んであげるね」

普段はプライドが高く、常に冷静沈着な陸が、こんなにも無防備な柔らかい表情で、愛おしそうに私を見つめている。

私も彼を見つめ返す。けれど、胸の奥がきりきりと締めつけられるようで、苦しい。

高校時代からの付き合いで、もう何年も一緒にいるけれど、彼はいつだって完璧な恋人だった。

いつだって私を不安にさせず、どんな場所でも、誰よりも私を優先してくれた。

女性からの誘いを受けることがあっても、その答えは決まっていた。

左手の薬指をかざして、こう言うのだ。「ごめん。妻といなきゃいけないから」と。

周囲の誰もが、彼を「妻に頭が上がらない夫」だと公認していたし、陸のような一途でハイスペックな男に愛される私を、誰もが羨んだ。

けれど。あの画面の中で繰り広げられていたやり取りが、無数の棘となって心臓に突き刺さる。

……吐き気がするほど、気持ち悪い。

じゃれつこうと寄せてきた男の頭を、私は手で押しやった。

「お水を飲んでくるわ」

陸はニコリと笑う。「僕が汲んできてあげるよ」

スリッパを突っかけ彼の後を追う。リビングのソファに腰を下ろし、彼がウォーターサーバーで湯加減を調整する背中を眺めていた。彼は丁寧にグラスの表面に触れ、熱すぎないか確かめてから、私の前へと差し出した。

その瞳はとろけるように甘く、優しく、見つめられたら溺れてしまいそうなほどだった。

一瞬、気が遠くなる。指先の力がふっと抜け、ガラスのコップが床へと滑り落ちた。派手な破砕音が響き、しぶきが飛び散る。

「大丈夫、大丈夫だよ。ちょうど新しいのに替えようと思ってたんだ。どこか怪我してない?」

陸は慌てて私の手を取り、宥めながら、ガラス片が飛んでいないか必死に確認している。

「美晴はいい子だから、そこに座って動かないでね。僕が片付けるから」

目の前にいる、こんなにも私を愛し、慈しんでくれる優しい夫。

どうして、こんなことになってしまったのか。理解が追いつかない。

目頭が熱くなり、私は鼻をすすって必死に涙をこらえた。

彼はそれを、私がコップを割ったことを気に病んでいると勘違いしたらしい。笑いながら、指先で私の鼻をちょんとつついた。

「たいしたことないよ。僕が、もう一度入れ直してあげるから」

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