花嫁すり替え、それでも春は来る第1話
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結婚式前夜、独身最後の夜のことだった。親友の小林知華(こばやし ともか)が、突然こんなことを言い出した。
「ねえ、コスプレごっこしない?」
ルールはシンプルだった。女子は新郎がいちばん好きな姿を、男子は新婦がいちばん好きな姿をそれぞれ再現する。
天城未知瑠(あまぎ みちる)と榊原和智(さかきばら かずとも)は学生時代から交際を始め、いよいよ結婚という節目を迎えようとしている。これまで何年も一緒に過ごしてきた。
和智をあっと言わせたくて、未知瑠はこっそり高校時代の制服を用意した。
けれど個室に着いたとき、和智はすでにすっかり酔い潰れていた。
ソファにひとりもたれかかり、目の前には空き缶がいくつも置かれている。
未知瑠は弾む足取りで近づき、身をかがめて笑顔で声をかけようとした。その瞬間、薄く目を開けた和智が、不意に未知瑠を引き寄せた。
和智は腕に力を込め、未知瑠の肩を強く抱きしめた。掠れた声で、穂月の名を繰り返し呼んだ。
「穂月……やっと来てくれた。
今夜だけ、そばにいてくれないか。来週式を挙げたら、もう二度と、こうして抱きしめることも、口づけることもできなくなるから!」
未知瑠の顔に浮かんでいた笑みが、そのまま凍りついた。
天城穂月(あまぎ ほづき)。それは、自分の姉の名前だった。
* * *
体が凍りついたように動かない。なのに和智は、慣れた様子で顔を寄せ、唇を重ねてきた。まるでこの触れ合いを、これまで何百回と繰り返してきたかのように。
込み上げる嫌悪感が全身を駆け巡る。
未知瑠は渾身の力で彼の腕を振りほどき、テーブルの上の冷えた酒の入ったグラスをつかむと、和智の顔面めがけて浴びせかけた。
そこへ、知華が足早に歩み寄ってきた。
「もういい加減にしてよ、未知瑠。まだ気づいてないの?和智がずっと好きだったのは、あんたのお姉ちゃんの穂月だよ」
未知瑠はその場に凍りついたまま、ゆっくりと辺りを見回した。
そこにいる女子たちは皆、姉の穂月が普段よく着ている服装や色合いを真似ていた。
息が震える。信じられない思いで、苦楽を共にしてきたはずの親友を見つめた。
「……どういうこと?」
知華の表情は平然としていた。スマホのアルバムを開くと、画面を未知瑠の目の前に突きつけてきた。
「高校の卒業旅行のとき、あんたにわざと嘘ついたでしょ。チケットが取れなかったって。本当は和智と穂月にふたりきりの時間を作ってあげたかったの。なのにあんた、空気を読まずに自分でチケット買って、無理やりついてきた」
未知瑠の頭の中で、ガンと音がしたような衝撃が走った。
あのとき未知瑠は、自腹でチケットを買い、喜んで駆けつけたのだった。到着したあと、妙に重苦しい空気が流れていた。皆で談笑していたのに、自分が近づいたときだけ、誰もが表情を強張らせ、言いようのない気まずさが漂っていた。
あれは、姉と和智だけの世界に、自分が土足で踏み込んでいたということだったのか。
知華は未知瑠の血の気の引いた顔など気にも留めず、話を続けた。
「大学時代、就活していたときもね、みんなで裏で相談してた。あんたを地方に送り出そうって。そうすればふたりが自然に一緒になれるから。なのにあんた、私のパソコンに残ってた地元の求人資料を勝手に見て、自ら応募してここに残ったじゃない。
そのあと家を買う話になったときも、遠回しに郊外エリアを勧めたのに。よりによって都心のあの物件を選んで。和智の近くにね」
未知瑠は手を伸ばし、乱暴に知華のスマホを伏せさせた。
涙はとっくに限界まで溢れそうになっていたが、必死に堪えて零れ落ちないようにした。目を赤くしたまま、震える声で口を開く。
「……なんで。この何年もの間、いくらでも正直に話すチャンスがあったじゃない……
私が自分から身を引けばそれで済んだのに。どうしてこんなやり方で、何度も何度も私を騙し続けたの?」
知華は静かに未知瑠を見つめた。
「穂月は、あんたのためを思って、それに和智への未練を完全に断ち切るために、焦って結婚したんだよ。
でも結婚してからDVに遭って、結局離婚するしかなかった。もしまた妹の彼氏と関係を続けたりしたら、世間の風当たりが穂月を追い詰めちゃう。
あんたが和智と無事に結婚すれば、この先穂月が和智と関わっても、誰にも後ろ指をさされない。これは、穂月を守るためでもあるの」
未知瑠は唇を歪め、自嘲気味な笑いを漏らした。
長らく心待ちにしていたこの結婚は、最初から最後まで、あのふたりの秘め事を覆い隠すための隠れ蓑に過ぎなかったというわけだ。
ソファで泥酔して眠り込んでいる和智は、今もまだ、切れ切れに穂月の名前を呟き続けている。
個室が水を打ったように静まり返った、そのとき。ローテーブルに置かれた和智のスマホが、通知音を響かせた。
未知瑠はそれを手に取った。母からのメッセージだった。
【和智くん、安心してね。穂月も了承してくれたわ。結婚式当日は、未知瑠を家に閉じ込めておくから。穂月が代わりに式を挙げれば、あなたたちの叶えられなかった願いも、これで一応形になるでしょう】
全身から、力という力が一気に抜け落ちていった。
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