花に抱かれる彼、記憶に沈む私第3話
この話は約1605字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
日和の言葉を聞いたとたん、勳の私を見る目つきが変わった。まるで、知らない人を見るみたいな目だった。
「奈津美、お前を信じた俺が馬鹿だったと、そう思わせるなよ」
そう言うと、彼は振り返りもせずに歩き去った。
「勳!」悔しさに体が震える。部屋中の人たちが、冷たい目で私を見ていた。
日和が、口の端で笑っていた。
あの日から、私はどこへ行っても腫れ物扱いされるようになった。
仕事のグループでは、【社長の彼女、お金のために会社と揉めるなんて、浅はかだよね】なんて書かれていた。
取引先からかかってきた電話も、なんだか態度が変わった。「今後の業務は、副社長と直接やり取りさせてもらいますので……」
会社の同僚たちは、私と顔を合わせると、さっと目をそらして足早に通り過ぎていく。
勲からも連絡は来ない。電話をしても、いつも出てくれない。
私は、駐車場で彼を待ち伏せした。
私の顔を見るなり、勳は眉をひそめた。「忙しいんだけど」
「どうしてあの女の言うことだけ信じるの?私の話も聞いてよ!確かに買い取りたいって話はあったけど、売る気なんて全くなかった!あれは私たち二人の大切な思い出なのに、手放せるわけないじゃない!」
彼の整った顔には、失望と、私をあざけるような色が浮かんでいた。
「日和さんが買い手と会う場を設けてくれた。俺はそこで、お前が欲張って値段を吊り上げてるって、この耳で聞いたんだよ!」
「彼女が私をハメようとしてるのよ!」
「ハメようとしてる、だと?」
勳は、まるで馬鹿げた冗談でも聞いたかのように声を荒らげた。「彼女がお前を陥れて、なんの得があるんだ?」
彼は一歩近づいてきた。「彼女はお金持ちのお嬢様だ。金に目がくらむお前とは違う!」
私は、ただ勳を見つめた。
しばらくして、彼は静かな声で言った。
「奈津美、ようやく分かったよ。
お前は結局、あのボロアパートがお似合いなんだ。
自分より上で、綺麗に生きてる人間がいると、妬ましくてたまらない。自分と同じ泥沼に引きずり下ろして、一緒に腐りたいんだろ」
そんな言葉が、勳の口から出てくるなんて信じられなかった。
私は彼をブロックした。
そして、自分の殻に閉じこもった。
勳は少し前から会社に泊まり込んでいた。このボロアパートを離れがたかったのは、私だけだった。
1週間後、ドアをノックする音がした。
ドアの外には、プレゼントの箱を持った勳が立っていた。
私はそれを受け取らなかった。
勳は箱を握りしめ、形が歪んだ。彼は喉を動かして、言った。「この数日、自分が空っぽみたいで、何をしてもうまくいかないんだ」
顔を上げた彼の目は、真っ赤に充血していた。「もう、俺を苦しめないでくれよ。
会社のこととか、アカウントのことは忘れてさ……昔みたいに、やり直せないかな?」
勳は、問題の解決策には何も触れず、ただ現実から逃げようとしていた。
でも、その言葉を聞いて、付き合い始めた頃のことを思い出した。何にもなかったけど、お互いだけがいればよかった、あの頃を。
結局、私はドアノブを握っていた手を離した。
私たちは、仲直りした。
気分転換に連れて行ってくれると勳が言った。助手席で知らない街並みが流れていくのを眺めながら、街の灯りに照らされた彼の横顔を見ていたら、不思議と心が落ち着いた。
このまま、穏やかに幸せにやっていけるかもしれない。そんなふうに思っていた。
でも、1週間後の朝。スマホのけたたましいバイブ音で、私は叩き起こされた。
私のアカウントから、新しい動画が投稿されていた。その内容は、被災地の不幸を食い物にするような、血も涙もない内容だった。
動画はすぐに炎上して、私はネット中の人から非難される悪者になった。
スマホは鳴りっぱなしになり、アカウントは永久凍結されてしまった。
取引先からは弁護士を通して、違約金の支払いを求める書類が届いた。
私はソファに座り込んだまま、全身の震えが止まらなかった。
こんなことができるのは、日和しかいない。
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