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航空工学者の私は、この家ではいらない子だった第2話

この話は約1988字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私は着替えを取りに自分の部屋へ向かった。

電気をつけた瞬間、思わず息をのんだ。

ベッドの上から通路まで、収納ケースが隙間なく積み上げられていた。

本棚からは、私の本やトロフィーがきれいになくなっていた。その代わりに飾られていたのは、陽斗の飛行機の模型だった。

クローゼットを開けても、中には結衣の季節物の服がぎっしり詰め込まれていた。

私はそのままリビングへ戻り、静かに口を開いた。

「……私の荷物は?」

「もう使わないと思って、処分したわ」

母はテレビから目も離さず、あっさりと言った。

「ゆいちゃんとはるちゃんの荷物が増えちゃってね。部屋に入りきらなかったから、あんたの部屋を借りただけよ。

どうせあんた、めったに帰ってこないんだから。空けておくより、有効活用したほうがいいでしょ」

私は一瞬、言葉に詰まった。

「……じゃあ、私はどこで寝ればいいの?」

父は視線すら向けず、淡々と答えた。

「ベッドの上のケースを物置に運べば済む話だろ。それくらい自分で考えろ」

仕方なく物置へ向かうと、そこにはまだ十分な空きがあった。

収納ケースを何度も運び終えたころには、一度引いた汗がまた噴き出していた。

ようやく椅子に腰を下ろすと、父が眉をひそめた。

「お前、まだ風呂入ってなかったのか」

「まだ誰か入ってるから」

父は呆れたようにため息をついた。

「結衣も陽斗も、ちゃんと順番考えて風呂入ってるぞ。なんでお前だけ、いつも要領が悪いんだ」

言い返す気力も残っていなかった。

私はコップの水を一気に飲み干し、そのまま黙って待ち続けた。

ようやく風呂に入れたのは、それから一時間もあとだった。

浴室にはまだ湯気が立ちこめていて、熱気にくらりとした。

ドアの向こうから、母の声が響いた。

「ちゃんと洗いなさいよ。小さい頃みたいに、また適当に済ませるんじゃないわよ」

勢いよく降り注ぐシャワーが、頭から容赦なく全身を打った。

私は顔をぬぐった。

頬を伝うのがお湯なのか、それとも涙なのか、自分でも分からなかった。

この家へ引き取られたばかりの頃も、私が風呂に入れるのは、いつも結衣のあとだった。

当時はまだ、お湯の量にも限りがあった。

私の番になるころには、お湯はほとんど残っていなかった。

冷水で、急いで体を流すしかなかった。

そんなある日、親戚の集まりで、伯母が笑いながら私の耳をつまんだ。

「千紗、耳の後ろ真っ黒じゃない。ちゃんと洗ってる?」

その言葉を聞いた母は、不機嫌そうに箸を置いた。

「おばあちゃんのところで育ったからよ。衛生観念が全然なってないの」

違う。祖母のせいじゃない。

年老いた祖母は目も悪く、自分のことで精一杯だった。

私に身の回りのことまで教える余裕なんて、なかった。

母だって同じだった。

この家へ引き取られてからも、母はいつも結衣をお風呂に入れるのに付きっきりで、私のことは後回しだった。

体をどう洗えばいいのか、教えてもらったことは一度もなかった。

その日、家へ帰るなり、母は私の腕をつかんで浴室へ連れて行った。

勢いよくシャワーをひねると、熱いお湯を頭から浴びせられた。

「お母さん、熱い……!」

思わず身を引くと、母はさらに腹を立てた。

ナイロンタオルを握りしめ、力いっぱい私の体をこすり始めた。

「どれだけ恥をかかせれば気が済むの!そんなに汚くして、ほんと情けない子ね!」

それ以来、風呂に入るたび、私は頭の先から足の先まで、肌が赤くなるほど体をこするようになった。

そうすれば、もう怒られずに済むと思っていた。

けれど、母がその努力に気づくことは、一度もなかった。

風呂から上がると、父が声を潜めて言った。

「結衣と陽斗はもう寝てる。ドライヤーは使うな。うるさいから」

私は黙ってうなずき、タオルで髪を何度も拭いた。

パソコンを開き、申請書を入力し始めた。

濡れた髪から雫が手の甲に落ち、ひやりとした。

募集要項の注意事項には、提出期限は本日23時59分、出発は15日後、プロジェクト期間中は家族を含む外部との連絡が一切禁止されると記されていた。

私はその内容をしばらく見つめた。そして、迷うことなく提出ボタンを押した。

翌朝。

大学から渡されていた同意書を印刷し、父と母のところへ持っていった。

父は朝のニュースを見ていた。

「母さんに頼め。見れば分かるだろ、今忙しいんだ」

母は陽斗の夏休みの宿題を見ていた。小学校の算数の問題を、一問ずつ丁寧に丸をつけていた。

私は同意書を差し出した。母は目も通さず、さらさらと名前を書いた。

「読まなくていいの?」

「いいわよ」

母は手をひらひらと振った。

「どうせ、あんたの用事なんて、大したことじゃないでしょ」

結衣は友達とメッセージを送り合い、陽斗はまだ眠っていた。

出発まで、あと半月だった。その日が来れば、私はこの家とも、外の世界とも連絡を絶つことになる。

けれど、そのことを知る人は誰もいなかった。

そして、知ろうとする人も、誰一人いなかった。

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