紙は短く、情を尽くせず第2話
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森田家では裕司の回復を祝う盛大なパーティーが開かれた。
紗綾は朝早くからホテルに向かい、裕司の母と一緒に準備に奔走していた。
バルコニーでは、二人の女性がそれぞれ複雑な表情で向き合っていた。
しばらく沈黙が続いたのち、裕司の母が深いため息をついた。
「紗綾、本当に離婚するつもりなの?
三年間、裕司のことを献身的に看病してくれて……彼の脚が治ったのは、あなたのおかげよ。きっと感謝してるわ。これからは二人で穏やかに暮らしていけると思ってたのに」
「詩音が戻ってくるそうです」
紗綾がそう一言だけ口にすると、裕司の母の表情が一変した。
驚きから、心配、そして諦め――その変化は明らかだった。
「……そう、わかったわ。あなたの選択を尊重するわ」
裕司の母は最終的にそう口にした。
その言葉を聞いた紗綾の心には、冷たい風が吹き抜けた。
さっきまで引き留めようとしていた裕司の母が、詩音の名前を聞いた途端に手放してしまった。
――やっぱり、みんな知っていたのだ。裕司にとって、詩音がどれほど大切な存在かを。
自分が三年も尽くしてきたことなんて、所詮は「お手伝いさん」のようなものだったのだ。
「紗綾、離婚した後はどうするの?お母さんが亡くなってから、あなた一人きりでしょう?
三年間も裕司の世話をしてくれて……私にとっては、もう実の娘みたいな存在よ。何か困ったことがあったら、遠慮せず言ってね」
思いもよらない母のような優しさに、紗綾の目にうっすら涙が浮かんだ。
裕司の母の言うとおりだった。三年前、彼女は裕司の母から1億円を受け取り、それで母の病気を治せると信じていた。
だが、わずか三ヶ月で病状は悪化し、母は帰らぬ人となった。
母は亡くなったが、裕司の母からお金を受け取っていた紗綾は、責任を感じて森田家に残り、裕司の看病を続けることを選んだ。
だが、もうそろそろ自分の人生を考える時だ。
少しの沈黙の後、紗綾は口を開いた。
「私は留学して博士課程に進みたいと思ってます。もともと医学を学んでいましたし、また勉強を再開したいんです」
「それなら心配いらないわ。ちゃんと手配してあげるわ」
紗綾は感謝の気持ちを込めて裕司の母を見つめた。
そして、忘れずに付け加えた。
「離婚のことは私から裕司に話しますので、お母さんにはご迷惑をかけません」
裕司の母は静かにうなずいた。紗綾を見るその目には、どこか哀れみが浮かんでいた。
詩音が帰ってきた今、紗綾が離婚を切り出せば、裕司は喜んで応じるだろう。もはや自分が口を出す必要もない。
――ただ、こんなに良い子なのに……森田家とは縁がなかったのね。
やがて、賑やかな客たちが集まり始め、裕司の母は紗綾を連れて宴会場へ向かった。
だが、宴の開始時間になっても、主役の裕司が姿を見せない。
裕司の母は手を振って娘の森田優芽(もりた ゆうめ)を呼んだ。
「優芽、お兄ちゃんを迎えに行くように言ったでしょ?どこにいるの?」
優芽は意味ありげに笑った。
「お母さん、心配しないで。すぐ来るから、絶対にびっくりするわよ!」
そう言って、優芽は紗綾を見下すように睨みつけ、彼女のそばに歩み寄って小声で言った。
「田舎娘、あんたの幸せタイムはもう終わりよ」
優芽はずっと紗綾のことを気に入らなかった。裕司に近づいたのは金目当てだと決めつけ、陰で何度もいじめてきた。
そのとき――宴会場の扉が開かれた。
黒のオーダーメイドスーツに身を包んだ裕司が、ワインレッドのイブニングドレスを着た詩音を連れて現れた。
二人は腕を組み、微笑みを交わしながらゆっくりと歩みを進める。
「えっ、あれって……詩音?森田坊ちゃんの初恋の相手、あの詩音じゃない?」
「そうそう、詩音以外にあんな目で見る人なんていなかったわ」
「森田坊ちゃん、ほんと一途よね。あの時だって詩音のために足を怪我したんだし。足が治ったら、すぐに迎えに行ったってわけね」
「ほんとに……でもさ、まだ森田家にしがみついてる人もいるみたいよね?」
ざわめきが広がる中、周囲の視線が紗綾に集中した。
その視線には、嘲笑と軽蔑が混じっていた。
優芽はクスリと笑いながら言った。
「どう?詩音お姉さまの美しさに圧倒された?」
「もう分かったでしょ?どれだけ尽くしても、男の心は手に入らないのよ」
「詩音お姉さまが戻ってきたんだから、さっさとガラクタまとめて出ていきなさいよ!」
スポットライトの下、紗綾は無数の鋭い視線に晒されていた。
まるで刃物のように、その視線が彼女の心を切り裂いていく。
――そうよ、私はこの場所にふさわしくない。
誰も私を「家族」として見ていなかった。
誰も私を「人」として尊重してくれなかった。
もう、ここを去るべき時だ。
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