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紙は短く、情を尽くせず第3話

この話は約1986字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

「お母さん、詩音が帰ってきたよ!」

裕司は詩音の手を引きながら、興奮気味に母親の前へと歩み寄った。

裕司の母は眉をひそめ、詩音をじっと見つめる。

「もう結婚してるんでしょ?それなのに、どうして帰国したの?」

詩音は唇を噛みしめ、悔しそうに目を潤ませたかと思うと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「おばさん……昔のことは全部私が悪かったんです。ごめんなさい」

その言葉を聞いた瞬間、裕司は胸を締めつけられるような思いで、詩音を抱きしめた。

「母さん、詩音はもう離婚したんだ。あいつ、DVする最低な男だったんだよ!」

「もう過ぎたことだ。俺は気にしないし、母さんも詩音にそんな態度を取らないでね」

裕司の母は、息子が詩音に未練があることを前からわかっていた。だが、人前でここまで強く言い返されると、さすがに顔が立たず、袖を払ってその場を去っていった。

残された裕司と詩音の視線は、自然と紗綾に向けられた。

裕司は何の説明もすることなく、淡々と言った。

「詩音は帰国したばかりで、行くところがないんだ。先に家に戻って、部屋を片付けておいてくれ」

いつものように命令口調で言われ、紗綾は一瞬反応できなかった。

「詩音さんが……私たちの家に住むの?」

裕司は眉をひそめた。

「当たり前だろ?じゃなきゃどこに泊まらせるんだよ」

そのやり取りを見ていた優芽が、くすっと笑い声を漏らした。

「家って……まるで自分が森田家の奥さんみたいな顔しちゃって」

周囲からも嘲笑が起こり、紗綾の心は一気に冷え込んだ。

三年前、裕司が交通事故に遭い、生きる気力を失って毎日酒浸りになっていた。

ある日、彼の住む家で火事が起きた。火の中に飛び込んで裕司を背負い出したのは紗綾だった。

そのとき、落ちてきた照明器具が頭に当たり、彼女は一か月も病院のベッドで眠っていた。

目を覚ました時、裕司は病室のベッドの隣に座り、彼女にプロポーズした。

そしてこの家を新しく買い直し、「ここが俺たちの未来の家だ」と約束してくれたのだった。

けれど今、詩音が戻ってきただけで、その家に当然のように入り込もうとしている。

紗綾が黙っていると、詩音が裕司を見上げて、またもや涙ぐんだ。

「裕司……紗綾さん、私が泊まるの嫌なのかな?だったら、ホテルに泊まるよ。紗綾さんに嫌われたくないし……」

「ダメだよ!ホテルなんて、変な人も多いし危ないだろ!」

裕司は即座に否定し、視線を紗綾に向ける。

「紗綾、詩音はただの仮住まいだ。そんなにケチケチすんなって」

紗綾はふっと笑みを浮かべた。

「そうね、あなたの言う通り。私が器の小さい女だったわ。先に帰って部屋を片付けておくわね。ごゆっくり」

そう言い残し、紗綾は踵を返して、嘲笑と軽蔑の混ざったその宴会場を後にした。

たかが家一軒。どうせいずれ詩音のものになる。今さら執着したって仕方ない。

誰もいない家に戻ると、紗綾は自分が使っていた日当たりのいい寝室を空けた。

もともと倹約家だった彼女は、裕司からプレゼントを貰ったこともなく、三年住んでも荷物はスーツケース一つに収まる程度だった。

それも悪くない。身軽に去れるなら、それに越したことはない。

荷物をまとめ終えたところで、スマホが鳴った。

SNSのタイムラインに、誰かが動画を投稿していた。

シャンパンタワーの前で、裕司と詩音がグラスを交わし、まるで恋人同士のように見つめ合っている。

「キスしろー!」という声援まで入っていて、紗綾はそれ以上見られず、そっと動画を閉じた。

しばらくして、裕司と詩音が帰ってきた。二人とも酒の匂いを漂わせていた。

紗綾が自分の寝室を詩音に譲ったのを見て、裕司は満足そうに微笑んだ。

詩音が風呂へ向かった後、裕司は珍しく紗綾の隣に腰を下ろし、手を伸ばして彼女の頭を撫でようとした。

「紗綾、やっぱり君は一番物わかりがいいよな」

紗綾はすっと身を引き、その手を避けた。裕司の手は空中で止まり、目に影が落ちた。

「言ったろ?詩音は仮住まいだって」

「ええ、大丈夫。詩音さんがどれだけ長く住んでも、私は気にしない」

紗綾は一束の書類を取り出し、裕司に手渡した。

「以前お世話になった病院が、医療物資を欲しがってるの。森田グループの名義で寄付できないか、確認してもらる?」

裕司はそれを受け取り、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「こういう時だけ、条件出してくるんだな」

紗綾は何も言わず、その書類をじっと見つめていた。

裕司は、これを詩音の宿泊に対する紗綾への見返りだと解釈し、内容も確認せずに署名した。

もちろん、一番下に紛れ込ませてあった離婚届にも気づくことはなかった。

部屋に戻り、裕司の署名が入った離婚届を見つめながら、紗綾は泣いていいのか笑っていいのか、わからなかった。

三年の想いが、やっぱり報われなかったことに泣きたくなった。

でも、ようやくこの場所から離れ、新しい人生を始められることには、少しだけ笑いたくなった。

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