紙は短く、情を尽くせず第1話
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結婚して三年、新村紗綾(にいむら さや)は足の不自由な森田裕司(もりた ゆうじ)を献身的に支え続けてきた。
そしてついに、裕司の両脚が回復し、自力で立てるようになったその日――彼が真っ先に向かったのは、空港だった。迎えに行ったのは、かつての初恋の相手。
その様子を見た紗綾は、ただ静かに微笑んだだけだった。
裕司と結婚して三年。契約で決められた期間も、もう終わり。果たすべき役目は、すべて終わったのだ。だから、彼のもとを去ることに、迷いはなかった。
だが、紗綾がいなくなってから、裕司はようやく気づいた。
自分が本当に手放してはいけなかった存在が、誰だったのかを……
* * *
新村紗綾(にいむら さや)は、足が不自由になった森田裕司(もりた ゆうじ)の世話を、三年もの間、片時も離れずに続けてきた。
結婚して最初の一年目、裕司は彼女を心底嫌っていた。
ちょっと足に触れただけで、彼女を家の外に閉め出し、九十九日も戻してくれなかった。
結婚二年目、裕司は彼女に対して冷たくもなく、温かくもない態度を取り続けた。
紗綾が毎日欠かさずリハビリのマッサージをしても、彼の口からは一言の感謝も返ってこなかった。
結婚三年目、紗綾はようやく裕司の足が回復するのを見届けた。
だがその瞬間、裕司が最初に取った行動は、初恋の相手を迎えに行くことだった。
……
「詩音、俺の足、治ったよ。帰ってきて。空港まで迎えに行く!」
見慣れたアイコンをチラ見して、嬉しさで涙ぐんでいた紗綾の笑顔は、瞬時に凍りついた。
裕司が自分を愛していないことなんて、紗綾はずっと前から分かっていた。
彼が愛しているのは、最初から最後まで、初恋の女性――中山詩音(なかやま しおん)だけだった。
三年前、大学を卒業した裕司と詩音は、それぞれ異なる道を選んだ。
裕司は家業を継ぐために国内に残り、詩音は夢を追って海外へ旅立った。
二人は別れたが、裕司の心は一度として詩音を手放したことはなかった。
その後、詩音は突然、海外で電撃結婚した。
その事実を知った裕司は受け入れられず、暴走して空港へ向かい、そのままアメリカまで飛んで奪い返すつもりだった。
けれど、その途中で事故に遭い、彼の両脚は動かなくなった。
もう二度と、自分の力で立ち上がることはできないと言われた。
その時、紗綾はまだ研修医だった。主任医師と共に、裕司の手術を担当した。
手術の後、かつては何もかもを持っていた裕司は、自分が障害者になった現実を受け入れられなかった。
彼は怒りっぽくなり、些細なことでキレては物を投げ、周囲に当たり散らした。
病院の医師も看護師も彼に近づけず、最も経験の浅い紗綾が、一人で対応することになった。
彼女は、近所にいそうな優しい雰囲気のある女の子で、自然と人の心に入り込むような親しみやすさを持っていた。
加えて、確かな医療技術と丁寧な対応力もあり、病院で唯一、裕司に近づける存在となった。
その後、裕司が退院した頃、彼の母が紗綾の元を訪れた。
彼女は紗綾に1億円を手渡し、「裕司に近づき、結婚を前提に彼の世話をしてほしい」と頼んできた。
ちょうど母親の治療費で困っていた紗綾は、迷うことなくその話を受け入れた。
病院を辞め、三年かけて裕司のそばに寄り添い続けた。
裕司が足の痛みで苛立つたびに、紗綾はその怒りをすべて受け止めた。
傷が痛む夜は、一晩中マッサージをして眠らなかった。
リハビリ中に彼が転んだ時は、必ず彼の下に自分の体を差し出して支えた。
誰もが不思議がった。突然現れたこの若い女性が、なぜ裕司にそこまで尽くすのかと。
でも、それを知っているのは紗綾だけだった。
彼女の大学四年間の学費は、すべて裕司の支援によるものだったのだ。
裕司は大学の慈善会の責任者で、紗綾は彼が支援していた多くの学生の中の、目立たない一人に過ぎなかった。
二人の距離は、まるで天と地ほどに遠いものだった。
だからこそ、紗綾は一度も自分から彼に近づこうなどとは思わなかった。
けれど、偶然にも、脚を失った裕司と再会してしまった。
そして彼女は、自らその距離を縮める決意をした。
自分のすべてを捧げてでも、彼のそばにいたかった。
紗綾は思っていた。これだけ長く尽くしていれば、いつかは裕司が自分の気持ちに気づいてくれるかもしれない、と。
だが――
その期待は、詩音に向けた一通の電話によって、あっけなく打ち砕かれた。
彼は回復した足の喜びを、真っ先に詩音に伝えた。
その姿を見た瞬間、紗綾の中で何かが音を立てて崩れた。
結婚して三年――
彼女は一度たりとも、裕司の心に入ることができなかったのだ。
毎年、七夕の日になると、裕司は一日中姿を消した。
紗綾がどれだけ心配して探しても、彼は絶対に戻ってこなかった。
後に知った。七夕は、裕司と詩音が恋人になった記念日だったと。
詩音と離れていても、彼は彼女との記念日を一つ残らず覚えていて、毎年欠かさずプレゼントを用意していた。
裕司には、決して開けてはいけない書斎があった。
ある日、掃除中に紗綾がうっかりその部屋に入ってしまい、裕司は彼女を家の外に閉め出し、夜通し雨の中に立たせた。
そこには、詩音の写真がびっしりと飾られていた。
その瞬間、紗綾は悟ったのだ。
自分がどれだけ尽くしても、裕司の心を動かすことは、永遠にできないのだと。
でも――それでも、良かった。
裕司の足が治った今、彼女の「任務」は、もう終わったのだから。
裕司が詩音と電話で喜びを分かち合っているうちに、紗綾は部屋の隅に移動し、静かに電話をかけた。
「お母さん、裕司の足、治ったよ。私の役目は終わった。だから、離婚するね」
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