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秋寒に海棠、空に舞う第3話

この話は約1502字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

棠花は悠翔に返事をしなかった。心臓からじわじわと広がっていく悪寒に包まれ、彼の腕の中にいながら、もう一切の温もりを感じられなかった。全身が凍りつくような冷たさに襲われていた。

――演技がうまいにもほどがある。

もし彼が他の女といちゃついているところを目撃していなければ、今日ここで必死に言い訳する彼の言葉を信じたかもしれない。けれど、現実は非情だ。彼の目に浮かぶ涙を見て、棠花が感じたのは、嫌悪と皮肉だけだった。

彼女は悠翔を押しのけ、陽菜に微笑みかけた。

「ありがとう、いつも気を遣ってくれて。せっかく来てくれたんだから、一緒に食事でもしよう?」

悠翔は棠花の様子がおかしいことに気づき、慎重に身振り手振りで伝えた。

「棠花……まだ怒ってるのか?」

棠花は首を横に振り、再び視線を砂浜に向けた。

悠翔が手を叩くと、一面の花畑がぱっと明るくなった。執事がワゴンを押して現れ、蓋を開けると、そこに並んでいたのは料理ではなく、翡翠で作られた宝石のセットだった。

それは彼が先月パリのオークションで、彼女のたった一言「好き」に応えるため、何億円もかけて手に入れた翡翠だった。

彼女が顔を上げると、悠翔の瞳には燃え上がるような愛情が宿っていた。

かつてなら、こうした贈り物に驚き、涙を流して喜んだものだった。だが今の彼女は、ただ静かに彼を見つめるだけだった。

「棠花、俺が君に最初に贈ったプレゼント、覚えてる?あのときもここで告白して、翡翠を渡したんだ。君の好みを知るために半月もかけて調べた。みんなにバカにされたけど、君のためなら全部やる価値があった。

この翡翠も、君が好きって言ったから競り落としたんだ。それから特注でジュエリーに仕立ててもらって、一つ一つに俺たちの名前を彫った。俺の愛は盤石のように絶対に揺るがないって意味だよ」

陽菜は羨ましそうに棠花を見つめた。

「奥様、何年経っても伊藤社長との関係が変わらないなんて、素敵です」

棠花の目に一瞬、皮肉な光がよぎった。かつての愛の誓いも、今の「永遠に変わらない愛」も、すべてが美しく見えるかもしれない。でも、実際にはもうとっくに腐り落ちていた。

悠翔が翡翠のアクセサリーを彼女の手に着けていく。碧の輝きは彼女の肌をより透き通るように見せた。確かに、彼女は翡翠が好きだった。

だが、翡翠は壊れやすい。愛もまた、同じだ。

食事の最中、悠翔は彼女のためにステーキを切ることに忙しそうだったが、棠花の目は彼の手元に向けられていた。彼の手はときおり、隣に置かれた車のキーへと伸びていた。

そのキーは、彼女が見たことのないものだった。彼がボタンを押すたびに、微かに響く低い振動音と、微弱な吐息のような音が聞こえてくる。

陽菜の顔が徐々に赤くなり、歯を食いしばるようにして我慢しているのがわかった。次第にその表情は限界に近づき、ついに陽菜の手が震えて、ワイングラスを倒してしまった。ちょうど悠翔のシャツに赤ワインがこぼれる。

悠翔は困ったように眉をひそめ、手話で伝えた。

「棠花、ちょっと着替えてくる。ステーキはもう切ってあるから、先に食べてて」

そう言って、そのまま席を立ち去った。

しばらくして、陽菜も電話を取ると「病院で手術が入った」と言い訳してレストランを出ていった。

棠花は悠翔の言葉に従って席に残ることはなかった。立ち上がり、別の場所へと歩いて行く。大きなガラス窓越しに、陽菜が不自然な足取りで路肩に停められた車へと向かっていくのが見えた。

彼女は静かに階段を下りていく。半分開いた窓ガラスがぼんやりと人影を映し出していた。悠翔と陽菜が身体を密着させ、激しくキスを交わしている。

やがて、車が小刻みに揺れ始めた。

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