私を捨てた夫が恋したのは、20歳の私でした第2話
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家を出た私は、結婚前に買った小さなマンションへ向かった。
玄関の前では、美咲が待っていた。長い髪に白いワンピース。澄んだ目をしたその姿は、日の光の中でまぶしかった。
私に気づくと顔を輝かせたが、スーツケースを見た途端、表情が曇った。
「本当に離婚するの?修平が私を好きなら、あなたを好きなのと同じじゃない?見た目じゃなくて、私たちの中身を愛してるんじゃないの?」
次々に問いかけるうちに、美咲の目が赤くなった。私は美咲の目元の涙を拭い、部屋へ招き入れた。
荷物を置き、私ははっきり伝えた。
「修平にとっては、私とあなたは別人なの。心がほかの人に移れば、それも浮気でしょ。体の浮気とどっちが悪いかなんて、どうでもいいわ」
美咲が黙った。
その顔には、若い頃の私が持っていた明るさと自信があった。同じ顔をしていても、今の私は違う。どれだけ手入れをしても、疲れきった顔は隠せなかった。
「あの頃は、私のためなら命も惜しくないほど愛してくれたのに。どうして心変わりしたの?」
涙が美咲の頬を伝った。私は思わず手を握りしめた。
そうだ。あれほど深く愛してくれた人が、今は同じくらい深く私を傷つけていた。
修平と出会ったのは、京央大学だった。同じサークルにいたものの、話す機会はそれほどなかった。
修平は私に一目ぼれしたらしい。好意を伝えるときも、強引に距離を縮めようとはせず、私の気持ちを尊重してくれた。
私も彼に好感は持っていたが、まだ恋ではなかった。
私は留学して、ずっと夢見ていた仕事を目指したかった。
すべてが変わったのは、出国する日だった。
修平や友人たちが空港へ見送りに来てくれた。そのとき、突然、男が刃物を振り回し始めた。
私に刃物が振り下ろされたとき、修平がかばってくれた。
何度切りつけられても、私を抱きしめたまま離さなかった。私がいくら叫んでも、その腕をほどこうとはしなかった。
駆けつけた警察官が犯人を取り押さえたときには、修平は私の腕の中で、かろうじて息をしていた。
「美緒……無事で、よかった……」
私は声を上げて泣いた。自分の命より私を大切にしてくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
それから修平と付き合い始め、私は段々と彼にひかれていった。
目の前の美咲は、あの事件の直後から時を越えてきた。
血まみれのまま現れた美咲は、修平が助かり、私たちが結婚したと知ると、私に抱きついて泣いた。
「よかった。ちゃんとハッピーエンドになったんだね!」
小説なら、ふたりが結婚したところで終わる。けれど、「おわり」の先にも暮らしは続く。幸せな結末のままでは、いられなかった。
私は美咲を静かに見つめた。
「覚えておいて。男の愛情なんて、花より早く枯れるの」
美咲がぼうっと私を見た。私はバッグから、早期の乳がんと診断されたときの診断書を取り出した。
美咲は信じられないというように、目を見開いた。
修平が私を疎ましがるようになったのは、いつからだっただろう。
修平が会社で初めて数億円の仕事を取り、私を見下した目で見るようになった頃だろうか。
それとも、妊娠して体形が変わり、おなかに妊娠線ができた頃だろうか。初めてそのおなかに触れた修平は、恐ろしいものでも見たように、その場で吐いた。そして私を責めた。
「美緒、どうしてこんなに気持ち悪くなったんだよ!」
あるいは、産後で体調も戻らない私に、義母が家事を押しつけ、私がもう無理だと訴えたときのことかもしれない。
家族全員に追い詰められ、産後うつで心が壊れそうになっていた私に、修平はただ、うんざりした目を向け、何でもないことのように言った。
「美緒、いい加減にしろよ」
そんな出来事が、一つ、また一つと積み重なっていった。
結婚6年目、私は健康診断をきっかけに乳がんと診断された。
その日、修平の会社が上場した。修平が大勢に祝われている間、私は乳がんを理由に、会社から退職を迫られていた。
病院の長椅子に座り、私は泣いていた。何もかも失ったようで、どうしたらいいのか分からなかった。
修平は病院まで来てくれたが、私を抱きしめることも、慰めることもしなかった。ただ眉をひそめ、他人を見るような目で私を見た。
「早期のがんだろ。それくらいで泣くなよ。美緒、俺は忙しいんだぞ」
涙は止まり、少しずつ何も感じなくなっていった。
修平への気持ちが完全に冷めたのは、その後、義父と義母が食事に来た日のことだった。
私は寝室に閉じこもっていた。部屋の外からは、楽しげな笑い声が聞こえていた。
ようやく落ち着き、部屋を出ようとしたとき、修平の声が聞こえた。
「父さんと母さん、それぞれの名義で海外に家を買っておいた。うっかり話すなよ」
全身が冷たくなった。
私が病気になっても、修平はそばで治療を支えることなど考えていなかった。夫婦の財産を、私に隠れて移す算段をしていたのだ。
私の手の甲に落ちた涙で、我に返った。
泣いていたのは美咲だった。美咲は震える手で、私の服をそっと持ち上げた。
下腹部に残る帝王切開の傷と、今も消えない妊娠線。
美咲は、出産で私の体がどれほど傷ついたのか、はっきりと知った。
「最低だよ、あんな男。私が離婚を手伝う。もう、こんなにつらい思いはさせないから」
不意に涙がこぼれ落ちた。
結局、最後に私を救ったのは、私自身だったのだ。
彼女は優しく私を抱きしめた。
「絶対にがっかりさせないから」
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