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私の理想の家を愛人に贈った夫第1話

この話は約2379字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

子宮内容除去術を終えたばかりの私・浅倉智世(あさくら ちよ)に、浅倉靖(あさくら やすし)から電話がかかってきた。

「今日、美月の新居が着工なんだ。現場を見てくるから、夕飯は待たなくていいぞ。

智世は生理中なんだろ?だったら、あんまり出歩かないで、早く帰って休めよ」

私は平らになったお腹に手を当てたまま、しばらく何も言えなかった。

靖と西条美月(さいじょう みつき)は、昔から私たちが働く建築設計事務所の看板デザイナーだった。

靖は内装工事に強く、美月はインテリアのセンスに定評がある。

私と靖の家も、二人が設計することになっていたのだが、打ち合わせをしていても、最後にはいつも靖が別の図面を取り出した。

それは何度も何度も手を入れた、美月の新居のための設計図。靖はそれを広げ、美月のために考えた内装プランを一つひとつ丁寧に説明していく。

しかも、そこに描かれているのは、かつて私と靖が二人で思い描いていた、理想の家そのものだった。

「美月は一人暮らしだし、部屋もそんなに広くないから、ついでに設計するくらい、大した手間じゃない。

智世はまだ妊娠してないんだし、子どもが生まれてから子ども部屋もまとめてやったほうが楽だろ」

その「楽だから」という言葉を信じて、私は壁にクロスすら貼られていない家で3年も待った。

けれど待っていたのは、靖のその場しのぎの言葉と、果たされない約束ばかりだった。

だから、靖は私が妊娠していたことすら知らないし、切迫流産の症状も生理だと思っている。

電話の向こうから、美月の甘えた声が聞こえてきた。

「靖、サボってないで洗面台の寸法、一緒に確認してよ!」

通話はプツリと途切れた。耳障りな通話終了音を聞きながら、私は深く息を吸う。

3年間待ち続けた、あの何もない家。でも、もう待つのはやめよう。

* * *

私は壁に手をついてゆっくり立ち上がり、平らになったお腹に触れる。止まったはずの涙が、また頬を伝った。

本当なら、靖は私が流産したことに気が付くはずだった。

今朝、浴室で血の塊が次々と出てきたとき、私はすぐに靖へ、病院に連れていってほしいと頼んだ。

しかし、書類を整理していた靖は、私を見てわずかに眉をひそめただけ。

「なんでそんなに血が出てるんだよ。生理の処理くらいちゃんとできないのか?

そんなことで病院についていく暇ないから。早くきれいにしろよ。床まで汚れるだろ。

まだ内装してないからって、汚していいわけじゃないんだからな」

私が血を流しているのを見て、靖が真っ先に見せたのは心配でも動揺でもなく、隠しきれない嫌悪だった。

タイルすら貼られていないコンクリートの床のほうが、私の血より大事らしい。

私は激しい痛みをこらえながら、床についた血をきれいに拭き取った。それから上着を着て、もう一度靖に病院へ連れていってもらおうとしたその時、美月から靖に電話がかかってきた。

「靖、朝ごはんにあそこのパン屋さんのパンが食べたいの。少し遠回りになるけど、寄ってきてくれない?

ほら、私、朝ごはん抜くと図面描けないから……」

スピーカーにしていたわけでもないのに、美月の甘ったるい声は、私のところまではっきり聞こえてくる。

私は慌てて靖を引き止めようとしたが、靖は私をちらりと見ただけで、そのまま私の後ろの床を指さした。

「また汚れてる」

その一言で、私は動けなくなった。

靖は美月には優しい声で答えながら、振り返りもせず玄関を出ていった。

私がまだ血を流し続けているのに……

靖にとっては、私を病院へ連れていくことより、美月の朝食を買っていくほうが大事だったのだろう。

その時、私のスマホが震え、我に返った。

親友の吉川園子(よしかわ そのこ)からのメッセージ。

【智世、後悔してる?】

子宮内容除去術を受けると決めたことだ。

病院で一通り検査を終え、切迫流産と書かれた診断結果を見たとき、私は泣きながらも笑っていた。

妊娠を喜ぶ暇さえないまま、先に切迫流産を突きつけられた。

あの時、医師から示された選択肢は二つだった。

妊娠を継続するための治療を受けるか、それとも、妊娠を終わらせるか。

家を出る前の靖の態度を思い返し、私は迷うことなく後者を選ぶ。

【後悔してない。むしろ、今はすごく楽】

園子から、親指を立てたスタンプが3つ続けて送られてきた。

【やっと目が覚めたんだね。

で、これからもあの事務所で働くの?

広報で何年も靖さんと西条さんの記事ばっかり作ってたんでしょ。いい加減うんざりじゃない?】

私は少し手を止め、これまで自分が作った記事を開いた。

私が提出するタイトルは、美月が気に入らないという理由で何度も差し戻され、そのうち、タイトルだけは美月自身が考えるようになった。

【業界公認のベストコンビ!建築設計事務所が誇る最強のデザイナーの二人!】

どれも似たようなタイトルで、「お似合い」「最高のコンビ」といった言葉ばかり。

ネットでは二人のファンコミュニティまで作られ、「今世紀最高の知性派カップル」ともてはやされていた。

少し休んでから、私は返信した。

【もうどうでもいいって感じかな。

それに、前に出してたインテリアデザインの研修申請が通ったから、もうすぐ盛沢市を離れるつもりだから】

術後の経過観察が終わると、看護師さんがそっと声をかけてくれた。

「浅倉さん、もうお帰りいただいて大丈夫ですよ」そう言ってから、気遣うように私の肩に手を添える。

「ただ、次にこういう処置を受けることがあれば、ご家族に付き添ってもらってくださいね。

今もまだ体が回復していませんし、一人で帰るのはあまりおすすめできませんので。

ご主人の電話番号は分かります?私から連絡しましょうか?」

そう言ってスマホを取り出そうとする看護師さんの手を、私は笑ってそっと止めた。

「夫はいないんです。

お気遣いありがとうございます。でも、これからは一人でちゃんと歩いていけますから」

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