私の手を奪った夫へ、真の恩人は私だったわ第3話
この話は約1692字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
逃げ惑う人々の中で、私は意識を失いかけている一人の少年に出くわした。彼の左腕は炎に焼かれ、痛々しいほど爛れていて、非常に危険な状態だった。
見捨ててはおけず、私は小さな身体で必死にその子を背負い、出口を目指して走った。
震える彼を落ち着かせるため、私は祖母が持たせてくれたお守りを彼の首にかけ、優しい声で励ました。
「怖がらないで。このお守りが守ってくれるから、絶対に大丈夫よ」
……
今思えば、朔也の左腕には、確かに火傷の痕が残っていた。長い年月で薄れてはいるけれど、見間違えるはずがない。
まだ莉乃と敵対する前、私はこの出来事を彼女に話したことがあった。
その後、私たちはコンクールで競い合うライバルになり、次第に距離ができていった。
ただ、大塚家が急速に中川家へ取り入るようになったという噂だけは耳にしていた。
つまり朔也は、莉乃があの時の命の恩人だと完全に勘違いしているというわけだ。
私は思わず冷ややかな笑みをこぼした。
私が命懸けで差し伸べた善意も、結局は他人に奪われていたのだ。
すべてを悟った私は、逃がし屋へ連絡を入れた。
「偽装事故と身元隠しの依頼は受けてる?」
「金さえ積んでもらえれば、何でもやりますよ」
「金に糸目はつけないわ。私をここから逃がして頂戴」
ベッドで眠っていた朔也が私の声で目を覚ました。薄暗い部屋の中、彼は数秒じっと私を見つめ、掠れた声で問いかける。
「奏、こんな時間に誰と電話していたんだ?」
私はスマホをしまい、淡々と彼を見下ろした。「海外の友人よ。少し話していただけ」
それを聞き、朔也は深く追及することなく納得したようだった。
翌朝、朔也は私を連れて楽器店へピアノを選びに出かけた。
私がピアノの音色を確かめていると、外で電話を受けていた朔也が、慌てた様子で戻ってくる。
「奏、会社でトラブルが起きた。先に向かわないといけない」
そう言うと、彼は機嫌を取るように私の額へ軽く口づけた。
「手が完全に治ったら、君のためだけのコンサートを開こう」
私は静かに頷き、感情を交えずに答えた。「分かった。いってらっしゃい」
ピアノを選び終え、楽器店から出た瞬間、突然、一台の車が猛スピードで突っ込んできて、降りてきた二人の男に無理やり車内へ引きずり込まれた。首元には冷たい刃物が突きつけられ、声を出すことすら許されなかった。
どれほど時間が経ったのか。気づけば私は、薄暗い廃倉庫の中にいた。
私を拉致したのは、莉乃の弟である悠斗だった。
彼は大量の写真を私の顔に投げつける。
「よく見ろ」
床に散らばった写真には、朔也と莉乃が寄り添う姿が写っていた。熱を帯びた視線を交わし合う二人は、どう見ても愛し合う男女そのものだった。
沈黙したままの私を見て、悠斗が嘲るように笑う。
「この写真を見て、どんな気分だ?」
私は感情を押し殺し、冷え切った視線を向けた。
「私を拉致してまで、こんな物を見せたかったの?目的は何なの!」
その時、悠斗が口を開くより先に、奥から聞き覚えのある女の声が響いた。
「もちろん、地獄を見せてあげるためよ!」
莉乃は本性をさらけ出し、私の両手を見つめた。
「奏、本当にしぶといわね。手が治ったことを、どうして教えてくれなかったの?まさか、また私とトップの座を争うつもり?」
私は内心で激しく動揺しながらも、顔には一切出さなかった。
「どうして知っているの?」
莉乃は歪んだ笑みを浮かべ、怨念に満ちた視線を私にまとわりつかせた。
「毎日中川家の監視下で生かされている身分で、隠し通せると思った?奏、あんたが私をここまで追い詰めたのよ。どうして昔から、コンクールではいつもあんたが一位で、私は二位なの?どうして私は、ずっとあんたの影で終わらなきゃいけなかったの!
でも今は違う。朔也さんは私のことを命の恩人だと思っている。あんたなんて、もうただの邪魔者よ。あの時、火の中に飛び込んで彼を助け出してくれたことには感謝してるわ。おかげで今の私があるんだから。
朔也さんは私への恩返しのためならなんだってやってくれる。人を雇ってあんたの腱を切り裂くことだってね。前回は彼がやってくれたけど、今回は私が直々に手を下してあげるわ」
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