私の手を奪った夫へ、真の恩人は私だったわ第2話
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あまりにも完璧な芝居に、私自身さえも騙されそうになる。
朔也は私をそっと抱き寄せ、甘くとろけるような優しい声で囁いた。
「大金を積んで、実績のあるリハビリ専門医を呼んだんだ。もう少ししたら君の手に特別な治療をしてもらおう。ついでに体質改善もして、そろそろ子供を作ろうか。その時は、君が子供にピアノを教えてやってほしい」
朔也の深く細やかな愛情表現を前にしても、私はただ淡く微笑むことしかできなかった。
私のわずかな異変に気づいたのか、朔也は怪訝そうに眉を寄せた。「どうした?誰かに嫌なことでも言われたのか?」
「ええ、家の中で私のことを『障害者』と呼ぶ声が聞こえたの」
朔也の顔色は瞬時に冷たくなり、鋭い視線が、その場にいた全員へ向けられる。
「誰だ?」
私は黙って絢香へ視線を向けた。
視線に気づいた絢香は、感情を爆発させるように私を指差した。「私が何か間違ったことを言った?あんたは実際障害者じゃないの。中川家に嫁いできた分際で、私に逆らうつもり!」
次の瞬間、朔也は迷いなく絢香の手首を掴み、その指を一本ねじ折った。
屋敷に、絢香の悲鳴が鋭く響き渡る。
「お兄ちゃん、こんな……」
さすがの絢香もそのあとに続く「障害者」の言葉を口にすることはできず、折れた指を押さえながら涙を零し、痛みのあまり気絶寸前だった。
そんな妹を見下ろしながら、朔也は感情の欠片もない声で言い放った。
「お前を甘やかしすぎたようだな。二度と奏の前でその言葉を口にするな。今度は指じゃ済まさない!」
目の前で繰り広げられる惨劇を見つめながら、私は背筋が凍るのを感じていた。
ここまで徹底して私を庇い、実の妹すら容赦なく傷つける。事情を知らない人が見れば、彼が私を異常なほど溺愛しているようにしか見えないだろう。
だが、私ははっきりと分かっていた。彼がここまで過剰に取り繕うのは、自分の計画に綻びが出るのを恐れているだけなのだと。
私が信じてきたものは、もう何ひとつ残っていなかった。
両手の腱を断たれて以来、雨の降る肌寒い日になると、手首に耐え難い激痛が走るようになった。
その度に朔也は私の手を優しく包み込み、必ず名医を見つけ出して治してやると、甘い言葉で私を慰めてくれた。
朔也に出会えたことこそが、私の人生における最大の幸運だと、どんな困難が降りかかろうとも、彼が必ず私を守ってくれるのだと、ずっと信じてきた。
だが、私を地獄へ突き落とした張本人が、他でもない彼自身だった。
そして今度は、莉乃の目のために私の角膜まで奪おうとしている。彼女を世界最高のピアニストにするためだけに。
「奏、どうした?そんな顔して。絢香には痛い目を見せたから、もう機嫌を直してくれ」
朔也の優しい声が、私を現実に引き戻した。
「怒ってないわ。ただ、手が治ったばかりで、まだ前みたいには弾けなくて……」
朔也は私の耳元の髪をそっと掬い、甘やかすように囁いた。
「君に弾けないなら、他の誰にも弾けないさ」
私は伏し目がちにして感情を隠し、疲れたから休むと言ってその場を離れた。
深夜、隣で眠る朔也の横顔を、私は静かに見つめていた。誰もが見惚れるような完璧な美貌の裏に、こんな残酷な本性が隠れているなんて、誰が想像できるだろうか。
私は音を立てずにベッドから抜け出すと、彼のスマホを手に取り、眠っている彼の指先をそっと当て、ロックを解除する。
待ち受け画面は、莉乃の写真だった。
写真の中の彼女は、豪奢なドレスを身に纏い、ピアノの前に座っていた。手には世界ピアノマスターズのトロフィーを抱き、これ以上ないほど晴れやかな笑みを浮かべている。
そのトロフィーは、本来私が手にするはずのものだった。
胸の奥が焼け付くように痛み、耐え切れず、涙がスマホの画面にぽたりと落ちた。
私は必死に感情を噛み殺し、朔也と莉乃のトーク画面を開いた。
【朔也さん、奏はあなたの奥さんなのに、本当に彼女の角膜を私にくれるの?】
【幼い頃、火事で俺の命を救ってくれた君のためなら、なんだって喜んでやるさ。奏が目を失っても俺が一生面倒を見る。君は気に病む必要はない】
そのメッセージを見た瞬間、私の脳裏に20年前の記憶がフラッシュバックした。
20年前、私は海外で開催されたジュニア向けのピアノコンクールに出場した際、滞在先のホテルで夜中の大火事に巻き込まれたのだ。
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